セレッソ大阪

本間至恩はどんな選手?経歴やプレースタイル、結婚の噂まで紹介!

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J1のセレッソ大阪でプレーする本間至恩選手。

細かいステップから一瞬のスピードで相手を抜き去るドリブルに特長のある選手ですよね。

特に、アルビレックス新潟でプレーしていた頃の印象が強い人も多いのではないでしょうか。

そんな本間選手の経歴やプレースタイル、そして噂されている結婚についてまでご紹介します。

 

本間至恩選手の経歴は?

保育園 アルビレックス新潟のスクール
小学校 南万代FC
アルビレックス新潟ジュニア
朝日サッカー少年団
中学校 アルビレックス新潟U-15
高校 アルビレックス新潟U-18
2018~2022 アルビレックス新潟
2022~2024 クラブ・ブルッヘ(ベルギー)
2024 浦和レッズ
2025 セレッソ大阪

本間選手はアルビレックス新潟の下部組織出身の選手です。

保育園まで遡り、まだ小学校の入学前からアルビレックス新潟のスクールでサッカーを始めます。

その後は少年団でサッカーを始め、中学校からアルビレックス新潟の下部組織に入団します。

順調に結果を残し、アルビレックス新潟U-18からトップチームへの昇格を勝ち取り、晴れてプロサッカー選手となりました。

その後はアルビレックス新潟の主力としてプレーしました。

その活躍が認められ、2022年にベルギーのクラブ・ブルッヘに移籍しますが、出場機会に恵まれず苦悩の日々を過ごします。

デビュー当時から、本間選手のJリーグでの活躍は目を見張るものありました。
日本での活躍がかなり目立っていただけに、海外での難しい日々は少し予想外の出来事でしたね。

 

出場機会を求めて浦和レッズに移籍しますが、ここでも分厚い選手層もあり満足のいく出場機会を得られず、セレッソ大阪への移籍を決断します。

プロ入り後の経歴を見ると、すごく決断力の早い選手だなと思いました。

21歳で海外移籍を決断し、出場機会が足りないと環境を変えてプレーを続ける。

プロサッカー選手は試合に出てナンボだと思うので、それをまさに体現している選手だなと感じました。

そんな本間選手の経歴について詳しく紹介しておりますので、ぜひご覧ください。

 

保育園〜小学校

本間選手はサッカー好きの父親の影響を受け、幼少期からボールを蹴り始めました。

そこからサッカーが好きになり、アルビレックス新潟のスクールに入ることになります。

おそらくですが、父親が本間選手を本格的にサッカーの道に進ませたかったので、スクールに入れたのではないかと思います。笑

その後、小学校から南万代FCに入団します。

チームは県内では強豪チームだったようで、小学校4年生時の大会ではカップ戦で準優勝を成し遂げました。

小学生なので大きな実力差はなく拮抗しているとはいえ、将来はプロになる選手なので、当時から実力はあったのではないでしょうか。

小学校3年生の時にはアルビレックス新潟ジュニアに入団するのですが、発足したてということもあり試合が少なかったので、約1年ほどで退団しました。

ジュニアへの入団も簡単に入れるわけではなく、セレクションを経ての入団だと思うので、小学校の時から周りとは一線を画す実力があったのは間違いないと思います。

高学年の際に引越しをした関係で、朝日サッカー少年団にチームを移します。

田舎のチームだったようですが、上手い選手もいて楽しかったと語っていました。

小学生の頃って、自分よりちょっとでも上手い選手がいると、「その人よりも上手くなりたい!」と無意識のうちに意識しがちですよね。
本間選手も、そんな身近なライバルの存在に刺激を受けながら、技術を磨いていったのかもしれません。

 

中学校

セレクションを通して応募者200人の選考を勝ち抜き、アルビレックス新潟U-15に入団します。

アルビレックス新潟は、新潟県民にかなり人気の高いクラブですよね。

ピーク時にはスタジアムの動員数が4万人を超えることもよくありました。

そのため、自分の子どもをサッカーに通わせている親の多くは、「自分の子どもをアルビレックス新潟U-15に入団させたい」と考えるんじゃないかと思います。

実際に入団できれば、大きな名誉ですし、ちょっとした自慢にもなりますよね。

それくらい、アルビレックス新潟の存在は新潟県にとって非常に大きなものになっています。

本間選手はその中でも突出した実力を発揮していました。

身体が小さかったこともあり、フィジカル面では苦労したようですが、持ち前の技術力の高さでカバーします。

その結果、1年生時からエースナンバーの10番を背負いました。

1年生から10番はかなりすごいですよね。

当時のアルビレックス新潟U-15のメンバーは総勢約50名おり、3年生の実力のある選手を差し置いての背番号10番なので、コーチからの信頼も相当大きかったのではないかと思います。

中学3年生の時には、高校生が出場するプリンスリーグ北信越に出場しました。

そして最終節の富山第一高校との試合ではゴールまで記録します。

まさにスーパーな中学生ですよね。

当時から身長が小さかった本間選手は、相手からすると「小さい選手が入ってきたな」と感じたかもしれません。

しかし、本間選手のドリブルは一度見ただけでは止めることができないほどキレがあります。

体格の差を技術力でカバーできるのは、本間選手ならではの強みであり、日本でも貴重なタイプの選手だと思います。

その実力はチーム内だけにとどまらず、U-15日本代表にも選出されました。

当時のU-15日本代表(一部)
谷 晃生 菅原 由勢 小林 友希 平川 怜
久保 建英 瀬古 歩夢 東 俊希 中村 敬斗

現在において、Jリーグで活躍している選手や、海外でバリバリ活躍している選手たちに囲まれながらU-15日本代表の一員としてプレーしました。

名前を見るだけでも、かなり豪華なメンバーが並んでいますよね!
そんな後に日本代表でも活躍する選手たちとプレーした経験が、本間選手の技術やメンタルをさらに磨き、後のプロでの活躍にもつながっているのではないでしょうか。

 

高校

アルビレックス新潟U-18に昇格します。

このシーズンは、アルビレックス新潟U-18にとって初めてのプレミアリーグの戦いでしたが、本間選手は1年生の時からプレミアリーグEASTの試合に出場します。

中学校の時同様にフィジカル面では苦労しますが、技術の点では当初から戦えていたようですね。

高校生は特に筋力がついていき、体格の差という部分では中学生の時と比べると顕著になってくると思います。

しかし本間選手はそんなハンディキャップを「慣れ」ということだけで対応できるのはすごいですね。

当時からボールを扱う技術というのは、ズバ抜けて高かったんだなということが容易に想像できます。

プレミアリーグの第1節、第2節と勝利することはできなかったのですが、続く第3節の横浜F・マリノスユース戦では、本間選手のアシストから先制点を奪い、見事プレミアリーグの初勝利に貢献しました。

その後の試合でも本間選手は、1年生ながらほとんどの試合でスタメン出場しますが、シーズン通してわずか2勝にとどまり、プリンスリーグへの降格となってしまいました。

チームとしては厳しい結果となりましたが、本間選手自身としてはかなりの手応えを感じれたシーズンだったのではないでしょうか。

そして、2017年の4月には2種登録選手としてトップチームに在籍しました。

やはりと言いますか、ここまで中学時代から飛び級で活躍してきた選手は、軒並み早い段階でトップチームに登録されますよね。

本間選手も同様で中学校から上の学年の試合に出続けていたことがクラブの評価につながり、高校2年生になりたてのタイミングでトップチームに合流することとなります。

そして、16歳でプロデビューも果たしました。

その試合でもドリブルで相手選手をかわし、ゴール前まで迫るシーンを作るなど、十分にプロの世界でも通用することをプレーで示していたのが印象的でしたね。

2018年も引き続き2種登録選手としてトップチームで活動しますが、Jリーグデビュー戦ではセンセーショナルな活躍を見せます。

J2リーグの第33節、同点で迎えた後半のロスタイムに勝ち越しゴールを記録しました。

細かいステップのドリブルで相手をかわし、一瞬の隙を突いてシュートコースを作ります。

そのままゴール右下へ正確で鋭いボールを流し込みゴールを記録しました。

本間選手のらしさ全開のゴールで、現地で観戦していたサポーターにとっては興奮間違いなしのゴールだったんじゃないかと思います。

試合の終盤ということもあり疲れも溜まっていたのか、相手選手は本間選手のドリブルに全く対応できていない感じでした。

高校生のうちにプロデビューし、デビュー戦でいきなり劇的な決勝ゴールを記録できる辺りに、当時から只者ではない感があったのではないでしょうか!

 

2019年〜2022年:アルビレックス新潟

 

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新潟での成績
シーズン リーグ戦出場試合数 リーグ戦得点数
2019 28 3
2020 40 7
2021 32 5
2022 22 5

2019シーズンからのトップチーム昇格が発表されます。

1年目から28試合に出場し3得点を記録しますが、開幕当初は試合に絡むことができていませんでした。

監督から見たら強度やディフェンスの部分で足りないと思われていたのだと思います。

引用:セレッソ大阪公式HP

プロの世界でも強度などのフィジカル面での課題があったんですね。

そこから監督から求められている部分のトレーニングを続けた結果、徐々に試合に絡め始めたと語っています。

サイズが大きくないなど、身体的なハンデがある本間選手ですが、各カテゴリーでその壁を乗り越え監督やコーチの期待に応え続けてきました。

体格の差を感じさせないプレーで、多くの人に「体格がなくても技術で勝負できる」という可能性を示した選手でもあると言えますね。

2020年シーズンは背番号を10に変更し、40試合に出場、キャリアハイとなる7ゴールを記録しました。

プロ2年目は良かったですね。一気に伸びた感覚があります。プロの世界に慣れて、自信が付いたことが大きかったと思います。

引用:セレッソ大阪公式HP

自身もかなり成長できたと語るほど充実したシーズンだったようですね。

チームメイトがやっていた筋トレに力を入れたことで、結果がついてくるようになったと語っていました。

当時のプレーをみても小柄な体格に筋力がついたことで、よりドリブルのキレが増した感じがありましたよね。

あれほど細かいステップでドリブルをされると、ディフェンダーにとって対応するのは簡単ではありません。

2020シーズンのトレーニングは、本間選手がプロとして成長するうえでの土台になったのは間違いないと思います。

2021シーズンはJ1への昇格を決めた徳島ヴォルティスからのオファーが噂されますが、悩み抜いた末に新潟との契約更新が発表されました。

今回オファーをいただいたこと、また、初めてオファーをいただいて悩んだことも正直に伝えます

引用:アルビレックス新潟公式HP

オファーがあったことを公式のコメントで発表することは珍しいですよね。

契約更新の発表があるまでに時間がかかったようですが、オファーがあってから自身で悩み考えたとも語っており、それだけ今後のサッカー人生を左右する重要な分岐点だったのかもしれませんね。

最終的には新潟のサポーターの存在という点が決定打となり、新潟への残留を決めたとも語っていました。

2022シーズンも数多くのオファーがあった中、新潟でのプレーを選択し契約更新を発表されました。

新潟での約4年間はJ2リーグでのプレーでしたが、その活躍ぶりを見ると、本間選手にとってJ2はすでに「簡単すぎる舞台」に感じられたほどでした。

それだけJ2の中でも圧倒的な存在感を放っており、「いつJ1のクラブに移籍するのか?」と注目されていました。

それでも本間選手は、地元やサポーターのためにJ2の新潟でのプレーを選択します。
その姿からは強い“新潟愛”が伝わってきましたよね!

 

2022年〜2024年:クラブ・ブルッヘ(ベルギー)

 

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2022年7月に、ベルギーのである、クラブ・ブルッヘに移籍が発表されました。

当時クラブ・ブルッヘはリーグを3連覇している強豪クラブでした。

そんな本間選手を移籍金約1億6500万円で獲得したと報じされました。

本間選手はJ2でしかプレーしておらず、デビューしてからJ1でのプレー経験はゼロでした。

しかし、J2で圧倒的な存在感を放っていた本間選手にベルギーの強豪クラブが目をつけたのです。

それにしても、高額な移籍金からクラブ・ブルッヘの本間選手に対する期待感の高さが伺えますよね。

チャンピオンズリーグへの出場を決めているという点においても、移籍の決め手になったと語っておりました。

移籍当初は、セカンドチームでのプレーがメインとなりました。

セカンドチームのリーグ戦にはほぼスタメン出場していましたが、なかなかトップチームに呼ばれない日々を過ごします。

海外の選手は日本人と比べても数段体格が大きく、その点では苦労したと本間選手は語っておりました。

中でも英語が話せずチームメイトとうまくコミュニケーションが取れなかったことが辛かったようですね。

リーグ終盤のプレーオフに途中出場し1ゴール1アシストを記録しますが、それ以外でトップチームでは目立った活躍をすることができず、2年目のシーズンもセカンドチームでの活動がメインとなりました。

本間選手自身はもっとやれると自信があったようですが、思い描いたプレーをすることができず、挫折をした期間と語っています。

流石の本間選手でも、リーグチャンピオンの強豪クラブでは難しい部分があったのかもしれません。

その後、日本に帰国しプレーを続けることになりますが、まだまだ若い選手なのでチャンスがあればまた海外クラブにチャレンジしてほしいですね。

 

2024年:浦和レッズ

 

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浦和レッズでの成績
出場試合数 出場時間 ゴール数 アシスト数
3 59分 0 0

2024年の7月に、浦和レッズに移籍します。

海外クラブでの移籍を模索していましたが、良い移籍先が見つからず日本に戻ってやり直す決心をします。

(新潟時代の)キャリア2~3年目の時に一度、お話させてもらって、ずっと自分のことを追ってもらっていた。

引用:スポーツ報知

浦和としては数年のアプローチが実った獲得になったようですね。

当時は別クラブの獲得が濃厚とされていましたが、その時から浦和のスカウトは本間選手の獲得を模索していたのでしょうか。

本間選手としては、「結果を出してまた海外にチャレンジしたい」としつつも、長期に渡り自分を追ってくれたチームで活躍したいという気持ちが移籍を後押ししたようですね。

背番号は19番。メッシがつけていた背番号であり、「真似して練習していた」と語っています。

また、メッシの凄さに関しても海外に挑戦して改めて感じたと言います。

日本にいる時よりもメッシ選手がどれだけバケモノか、ヤバいのか(を感じた)。

引用:スポーツ報知

メッシも比較的身長が小さい選手ですが、大きいディフェンダーを簡単に抜き去りゴールを決めるプレーが印象的ですよね。

その点に関しては、本間選手も海外のディフェンダーを相手にしてきて感じる部分があったようで、「メッシは次元が違う」とも取材で語っていました。

本間選手にとって、J1リーグは初めての挑戦でしたが、移籍後の半年間で出場できたのはわずか3試合でした。

大きな期待をされて浦和に加入したものの、チームに馴染む前に監督交代があり、その影響で出場機会を思うように得られなかったようですね。

さらに当時の監督は、選手の調子に関係なくスタメンを固定する傾向にありました。

そのため、本間選手がどれだけ練習で良いプレーを見せても、なかなか試合に絡めないことが多く、悔しい思いをしたと語っていました。

本間選手のプレースタイル的に、浦和レッズにはすごく合いそうですが、チームの方針や監督の意向など、どうしようもない事情があったのかもしれませんね。

 

2025年:セレッソ大阪

セレッソ大阪での成績
出場試合数 出場時間 ゴール数 アシスト数
18 657 0 2

出場機会を求めて2025シーズンはセレッソ大阪に期限付き移籍をします。

セレッソに来て、評価してくれる監督の下でプレーできているので、セレッソのために何か残したいです。

引用:セレッソ大阪公式HP

移籍した際にこのようにコメントしており、本間選手にとってはシーズンの始動からセレッソのメンバーとして活動をスタートできたのは良かった点なのではないでしょうか。

全選手がフラットな評価状況の中、自身のスタイルを存分に発揮できるサッカーは本間選手自身も「スタイルに合っている」と語っており、楽しくプレーできているようですね。

2025シーズンは怪我の影響もあり、18試合の出場にとどまりました。

それでも限られた出場時間の中で、持ち味のドリブルやボールコントロールを発揮し、第25節の古巣戦となった新潟との試合では、移籍後初アシストを記録しました。

安心したし、ここからだなと思っています

引用:スポニチ

コメントからもわかるように、昨シーズンから良い成績を残せずにいた状況をようやく払拭できる結果を残すことができ、安堵の気持ちを語っていますよね。

スタメン出場は5試合となりましたが、途中出場からチームに良い流れを生み出すシーンも多く見られます。

セレッソ大阪でのゴールがまだないだけに、ファン・サポーターにとっては待望のJ1での初ゴールが期待されていますね。

 

本間至恩選手のプレースタイルは?

 

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本間選手といえば、ドリブルに最大の魅力がある選手です。

細かいタッチから相手のタイミングをずらプレーや、ボールタッチも非常に柔らかく、ボールが足に吸い付くようなコントロールはまさに一級品のプレーだと思います。

さらに、ドリブルだけでなくミドルシュートも大きな武器のひとつです。

巧みなドリブルと鋭いシュート、この2つを高いレベルで兼ね備えている点こそ、本間選手が多くのファンを魅了する理由といえるでしょう。

この2つの特長について深掘りしていきます。

 

相手を翻弄するドリブル

本間選手を語る上でドリブルは外せないトピックでしょう。

164cmという比較的小さな身体から緩急を織り交ぜたドリブルは、体格差をも跳ね除ける強烈なインパクトがありますよね。

本間選手がボールを持つだけで「何かやってくれそう」という期待感が膨らみますが、相手チームのサポーターからすると肝を冷やす瞬間でもあります。

特に新潟時代の本間選手は誰も手をつけられないほどの無双感がありました。

実際に現地で本間選手のプレーをみた際は、映像とは比べ物にならないほどの俊敏さで、「これにディフェンスついていくのは無理だな」と直感的に感じました。

ピッチレベルだと、尚更本間選手のスピードあるドリブルが際立っているのはないかと思います。

また、本間選手は小柄な体格を生かし、相手が2人で対応してきてもその間をすり抜けるようにドリブルで突破することができます。

小さいからこそできるプレーでもあり、それを自分の強みとしてしっかり武器にしているのは本当にすごいですよね。

 

強烈なミドルシュート

そしてもう一つの大きな特長である、早い足の振りから繰り出される強烈なミドルシュートは、本間選手の1つプレースタイルと言えるでしょう。

特に記憶に残っているのは、2020シーズンの水戸ホーリーホック戦でのゴールです。

ゴール前の約25m付近でボールを受けた本間選手は一瞬のスピードで相手をかわすとそのままシュートを放ちゴールの左上の突き刺しました。

相手キーパーの動きを見ると、フォワードの選手がゴール前にいたため、その選手に合わせたクロスが来ると予測した動きをしていました。

しかし、その予測に反して鋭いコースに強烈なシュートが飛んできたため、全く反応ができていませんでしたよね。

シュートのモーションに入ってからボールにインパクトを与える間も少ないので、ゴールキーパーにとっては反応することが難しいため、その点においてもミドルシュートからゴールを量産できた要因なのかもしれませんね。

 

本間至恩選手は結婚している?

 

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本間選手は結婚しているのではないか?と言われています。

というのも、公式発表はありませんが、2025シーズンのJリーグ選手名鑑の本間選手の欄に「既婚」と記載されていたようです。

Jリーグの選手名鑑には、選手のマイブームや好きな女性のタイプなど、選手の細かい情報が載っています。

その中の「既婚or独身」の項目で「既婚」となっていたことから、本間選手が結婚していることが分かったようです。

いつの間に結婚していたんだとSNS上では騒がれていましたが、2025年で25歳になるので結婚していてもおかしくない年齢ですよね。

一般的にはクラブから公式に発表されることが多いですが、もしかすると奥様や本間選手の意向的に、公式の発表は控えたのかもしれません。

 

まとめ

  • アルビレックス新潟の育成出身としてトップチームまで上り詰めた生え抜きのスター。
  • 小柄ながらも抜群のテクニックで相手を翻弄するドリブルが最大の武器。
  • ミドルシュートもトップレベルで、ゴールを量産した。
  • 海外挑戦を経て、サッカー観やメンタルの面でも大きく成長。
  • 日本で再スタートを切り、自分らしいプレーを取り戻しつつある。
  • これからは、J1での活躍や再び海外へ挑戦する姿にも注目が集まる。

海外挑戦での悔しい気持ちを胸に、日本で再スタートした本間選手。

ドリブルやシュート選手という部分は、日本ではすでにトップレベルの域に達していると思います。

これからも本間選手のドリブルがJリーグのピッチを沸かせてくれる瞬間を楽しみにしたいですね。

  • この記事を書いた人

なめこ

年間100試合以上のJリーグをJ1・J2・J3問わず観ています。気になった対戦カードは配信で視聴し、タイミングが合えば社会人リーグや海外サッカーもチェックしています。地元の京都を愛し、京都サンガF.C.のサポーター歴22年。広い視野で日本サッカーを応援しています。

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