FC町田ゼルビア

【注目株】望月ヘンリー海輝の経歴とプレースタイル!ハーフとしてのルーツにも迫る!

当サイトではアフィリエイト広告を利用して商品を紹介しています。

J1のFC町田ゼルビアに所属している望月ヘンリー海輝選手

2024年に日本代表に初選出され、今まさに注目を集めている選手です。

192cmという大柄なサイドバックは、過去においても類を見ない存在ですよね。

そんな望月選手のこれまでの経歴やプレースタイル、そしてハーフとしてのルーツを深掘りしていきます。

 

望月ヘンリー海輝選手の経歴は?

小学校 上福岡サンダース
大宮アルディージャU-12
中学校 三菱養和サッカークラブ巣鴨ジュニアユース
高校 三菱養和SCユース
大学 国士舘大学
2024年〜 FC町田ゼルビア

小学校時代

望月選手は埼玉県ふじみ野市出身で、小学校時代は地元の上福岡サンダースと大宮アルディージャU-12に所属されていました。

父親がサッカーをやっていた影響で、物心がついた時からボールを蹴っていたと語っています。

地元のふじみ野市で活動している上福岡サンダースに入団し、本格的にサッカーを始めました。

当時は決まったポジションが無く、様々なポジションでプレーされていたみたいですよ。

小学校高学年から、大宮アルディージャU-12に入団しました。

おそらくセレクションを通じての入団だと思いますが、当時から一定の実力はあったということですよね。

当時は身長はそこまで高くなかったとのことなので、体格的なポテンシャルではなく、純粋にサッカーの実力が評価されて入団したということになるのではないでしょうか。

大宮アルディージャU-12に入団した頃からサイドを任されることが多くなり、スピードには自信があったようです。

今のプレーを見ていても、スピードを活かしたプレーは随所に見られますよね。

当時からスピードで裏に抜けるプレーや、縦に仕掛けるドリブルは得意だったようです。

実際に今シーズンは、チーム内で最速となるトップスピードも記録しています。

当時はただサッカー自体が楽しかった。どこのポジションとかあまり気にせず、夢中でプレーしてた気がします。

引用:KING GEAR

当時は、サッカーが楽しくて仕方なかったようで、どこのポジションをしても楽しく、サッカーに夢中になっていたと語っています。

望月選手からは「上手くなりたい!」という気持ちより、「楽しみたい!」という気持ちが伝わってきますよね。

望月選手の純粋にサッカーを楽しむ気持ちが、ある意味向上心となって、サッカーの上達につながっているのではないでしょうか!

 

中学校・高校時代

中学校は三菱養和サッカークラブ巣鴨ジュニアユースに入団しました。

そして高校は三菱養和SCユースに昇格してプレーを続けました。

三菱養和サッカークラブといえば、Jリーグの下部組織に匹敵するほどの強豪クラブですよね。

ジュニアユースはセレクションを経て合格した選手しか入団することができないほどの、人気クラブでもあるといえます。

しかし、望月選手は大宮アルディージャU-12に出身です。

ジュニアユースの昇格を逃した上での三菱養和サッカークラブ巣鴨ジュニアユースへの入団だったのでしょうか。

その辺りは定かではありませんが、当時から強豪クラブにセレクションに合格して入団できるほどの実力を兼ね備えていたことは明らかです。

三菱養和SCユースではU-18の日本代表経験も持ち、同じハーフのルーツを持ち、190cmを超える栗原イブラヒムジュニアと共にチームを牽引しました。

お互いの印象についてこのように語っています。

栗原イブラヒムジュニア選手

自分が持っていないモノを持っていて、この身長で一番動ける良さがある。

望月ヘンリー海輝選手

足元もあるし、『ジュニアだったら何とかしてくれる』という期待感もあります。

お互いに違う特長を持っていて、190cmを超える選手が2人もいたら相手にとっては非常に守りづらいですよね。

ただ、チームとしては攻撃のバリエーションは一気に広がり、相手に脅威を与えることができます。

望月選手はサイドバック以外にもボランチやフォワードも経験していたそうで、相手チームにとっては、コロコロ変わる望月選手のポジションに対しての対策が難しかったのかもしませんね。

チームとしては目立った成績は残せなかったものの、望月選手個人としては高校年代から注目される存在となりました。

 

大学時代

望月選手は国士舘大学からオファーを受け、推薦で同大学に進学しました。

入学当初から長身とスピードを活かしたポテンシャルの高さを発揮し、1年生の時からトップチームに所属しました。

この時から望月選手は本格的にプロサッカー選手になることを明確に目指すようになります。

自分も3年後には働くか、サッカーをしていくかだなと考えた時に、サッカーでご飯を食べて行きたいなと思い、そこから明確に意識していました

引用:ゲキサカ

それまでは「なれたらいいなぁ〜」程度に考えていたようですが、先輩が就職活動をする姿を見て将来について考えたときに、本気でサッカーで食べていきたいと考えるようになりました。

強豪大学に進学する選手は、多くがプロを目指してサッカーを続ける印象がありますが、望月選手は入学当初はプロについてそこまで意識していなかったのかもしれませんね。

大学時代はセンターバックを務めることもあったようですが、走り込みなどの練習で走力に自信がつき、サイドバックとしての才能を引き出してもらったと語っています。

特にその中でもメンタル面はとても成長できたと語っています。

「国士舘では場数を踏ませてもらい、本当にメンタルが鍛えられました」

引用:4years.

大事な場面で緊張して思うようなプレーができず、3年生の時に総理大臣杯では優勝を経験しますが、思うようなプレーができなかったと言います。

また、練習中に気が抜けてしまうことがあったようで、突然メンバーから外されることもあったみたいですよ。

そこから自身の意識を改め、真摯に練習に励むようになり、メンタル面が向上したと語っています。

その裏には、トップチームの常連だった望月選手を突然メンバーから外すことで、望月選手に今のままではダメだと気づかせる機会や、自身を奮い立たせるチャンスを与えた監督やコーチの存在がとても大きかったのではないでしょうか。

そして、4年生に上がるタイミングでFC町田ゼルビアからのオファーがあり、2023年の5月に町田への入団内定が発表されました。

まだ大学のシーズンもこれからの中、熱意を持ってオファーをくれた町田のスタッフやスカウトの熱意に惹かれ、町田への入団を決めたと語っています。

確かにクラブを決める上で『強さ』は一つ。でも、最後は『人と人』です。クラブのスタッフ、スカウトの方の人間性は大きかったです

引用:4years.

望月選手の人柄が表れたコメントですよね。

当時の町田はJ2リーグに所属していましたが、大学時代の望月選手の実力であれば、J1クラブからオファーが届いていたでしょう。

しかし、一番にオファーを届けてくれた町田の誠意ある対応や、自分に期待を寄せてくれている姿勢に心を動かされ、町田への加入を決意したそうです。

自分を一番に必要としてくれたクラブに応えたい、町田に勝利を届けたい。その思いが大きな後押しになったのではないでしょうか。

 

2024年〜:FC町田ゼルビア

 

FC町田ゼルビアでの成績
シーズン 出場試合数 出場時間 ゴール数 アシスト数
2024 26 1665 0 2
2025 32 2441 1 1

プロ1年目は、昨シーズンに町田がJ2リーグを優勝したことで、J1リーグでのプレーになりました。

シーズン当初こそ出場時間は短かったものの、徐々に出場時間を伸ばし、26試合中18試合でスタメン出場しました。

1年目のJ1の舞台での活躍としては申し分のない成績ですよね。

数字の面では2アシストしか残せなかったことに対して、来シーズンの目標にアシスト数を伸ばすことを挙げられていました。

彗星の如く表れた望月選手ですが、大卒1年目とは思えないほどの充実したシーズンを過ごされたようですね。

本当にすべてが想像以上でした。よく『自分が想像している以上にはなれない』と言われますけど、今年は想像以上にしかなっていないといいますか

引用:ゲキサカ

望月選手も自身が思い描いてた以上をシーズンを過ごされていたことが、コメントから読み取れますよね。

それもそのはずで、プロ1年目は自身のプレーに自信が持てないということをよく聞きますが、町田の監督には、高校サッカーの名将として知られる黒田剛さんが就任していました。

そういった監督や昌子源選手といったベテラン選手からの影響でメンタル面が向上したといい、結果的にメンタル面の成長が自身のプレーの上達にも影響したと語っておりました。

Jリーグでもコンスタントに試合に出場し、アピールを続けた結果、2024年の8月の日本代表に初選出されました。

大卒1年目で日本代表初選出はめちゃくちゃすごいですよね!
その後もコンスタントに日本代表に選出されており、森保監督も注目の逸材なのではないでしょうか!

過去においては守田英正選手荒木隼人選手などが大卒1年目で日本代表に選出されており、どちらも日本を代表するような選手に成長しています。

望月選手の真摯にサッカーに取り組む姿勢や人柄があれば、間違いなく日本を代表するようなサイドバックに成長するのではないかと思います。

2025シーズンも引き続き町田でのプレーを選択します。

第15節の京都戦ではプロ初ゴールを記録するなど、初めてのJ1の舞台でもチームの主力としてプレーしました。

このシーズンは右ウィングでのプレーが多くなり、本職であるSB以上により攻撃的なタスクが課されました。

当初は適応に苦しんだようですが、チームメイトからの助言を受け徐々にフィットしていきます。

サイズもあってスピードで仕掛けてくるウィングは、相手ディフェンダーにとってはかなり恐怖ですよね!

対峙する相手サイドバックもまず身長の部分でハンディキャップを抱えることになるので、非常に対応が難しかったのではないでしょうか!

このシーズンの活躍が認められ、2025シーズンのJリーグ優秀選手賞を受賞しました。

 

望月ヘンリー海輝選手のプレースタイルや特長は?

望月選手といえば、身体能力の高さを活かしたスピードのあるドリブル圧倒的な空中戦の強さ、90分走り続けることができるスタミナにあります。

これだけ見てもなんでもできる選手なんだなということが伝わりますよね。

ただ、どの能力も中途半端なものではなく、かなりの高水準でこなすことができます。

その中でも望月選手にしかないプレースタイルを確立している部分もあるので、その辺りを掘り下げて解説します。

 

圧倒的なスピード

望月選手は大きなストライドを活かしたスピードに特長があります。

走っている姿はそこまで足が速く見えないのですが、高身長故の望月選手ならでは特長だと思いますが、ストライドが大きいので実際はかなりのスピードでスプリントを繰り返しています。

実際に現地でプレーを見た際も、スピードに自身のある対峙するサイドバックの選手も置き去りにするドリブルを見せるなど、その特長を存分に発揮していました。

身長もあってスピードも兼ね備えているとなると、監督としてはセンターバックで使いたくなりますよね。

実際に2024シーズンは3センターバックの一角で試合に出場したこともありました。

身長だけを見るとサイドバックは勿体無いのではと感じますが、サイドバックで190センチ越えは明らかに異端な存在ですし、望月選手が新たな「高身長サイドバック像」を確立しているのではないかと思います。

 

負けない空中戦の強さ

望月選手といえば192cmの長身を活かした空中戦には圧倒的な強さを誇っています。

数字にもそれが表れており、空中戦の勝利数はサイドバック登録の選手の中で圧倒的な1位を記録しています。

そもそもサイドバックの選手が空中戦に強いというイメージがありませんよね。

そのような点でも望月選手は、新たなサイドバックとしての在り方みたいな部分もプレーで見せてくれていますよね。

2025年シーズンの京都対町田の試合を現地で観戦しましたが、対戦時に空中戦勝利数で1位を記録していた原大智選手を空中戦で圧倒していました。

勝率は70%を超えており、良い意味でサイドバックらしからぬ数字を記録しています。

チームとしてはサイドバックにもこういう空中戦い強い選手がいることはとても心強いですよね。

 

90分走り続けられる底なしのスタミナ

望月選手はスタミナ面でも目を見張るものがありますね。

2025シーズンの第26節ではスプリント数が30、12km以上の走行距離も記録しました。

上記2つは選手の「走力」に関わる主要なデータになりますが、驚異的な数字を残していますね。

しかもこの試合が特別すごいわけではなく、どの試合でも平均的にこれくらいの数字を残すことができます。

町田は縦に早いサッカーを展開しているので、どうしてもサイドの選手は上下運動が多くなるので、スタミナがないと町田のサイドバックは務まりません。

望月選手は大学時代に自信をつけた体力面を町田で遺憾なく発揮しています。

現地で望月選手のプレーを実際に見た時も、その試合では90分フル出場を果たしているんですが、試合終了後も涼しい顔をしていたのが印象的でしたね。

本人はとても疲れているかと思いますが、周りからはその疲労を感じさせないくらいの余裕があったように見受けられました。

 

望月ヘンリー海輝選手はハーフ?

 

望月選手は、ナイジェリア人の父と日本人の母を持つハーフの選手です。

父親は元サッカー経験者で、サッカーを始めたのは父親の影響でしたね。

僕は強みがフィジカルだったので、他のスポーツもあったかもだけど、お父さんがサッカーやってたので、サッカーを始めたんです

引用:町田市シティプロモーションサイト

サッカーを始める以前から自分にはフィジカル的な特長があることを認識していた望月選手ですが、身体能力の高さは父親譲りなのは間違いないかもしれませんね。

サッカー関係の仕事をしているかどうかは分かっていませんが、一般の方のため詳細は公表されていません。

一方、母親は元ソフトボール選手とのことで、まさにスポーツ一家の血を受け継いでいます。

父親の身長は183cm、母親も172cmと高身長で、望月選手の恵まれた体格は両親の影響を受けているようですね。

幼少期から日本で育ってきているので、日本語が第一言語であることは間違いないと思います。

英語を習得されているのか不明ですが、望月選手の性格的に今後の海外移籍も見据えて勉強されているのかもしれませんね。

 

まとめ

  • 望月ヘンリー海輝選手は埼玉県ふじみ野市出身の192cmサイドバック。
  • 小学生時代は上福岡サンダース、大宮アルディージャU-12でプレーし、スピードとサッカーセンスを磨く。
  • 中学・高校では三菱養和サッカークラブでプレーする。
  • 国士舘大学では、メンタル面の成長と走力アップ、1年時にプロを本格的に意識。
  • 大学4年時の初頭にFC町田ゼルビアからの熱いオファーを受け、入団を決意。
  • プロ1年目(2024年)は、J1リーグで26試合中18試合にスタメン出場と堂々の活躍。
  • その年には、日本代表にも初選出されるという快挙を達成。
  • 特徴は、圧倒的なスピード・空中戦の強さ・底なしのスタミナ。
  • サイドバック登録ながら、空中戦勝率はリーグトップクラスという異例の存在。
  • ナイジェリア人の父と日本人の母を持つハーフで、恵まれた体格と高い身体能力は両親譲り。

まさに身体能力の塊と言える望月選手。

190cmを超える超大型サイドバックは過去を見てもかなり稀な存在だと思います。

そこに実力も伴っており、プロ1年目で日本代表にも選出されるなど、類稀なるポテンシャルを発揮しています。

間違いなく今後の日本のサイドバックを象徴していく選手であると思うので、今後の活躍に期待しています。

 

相馬勇紀の嫁・子供・経歴情報を総まとめ!

J1のFC町田ゼルビアに所属している相馬勇紀。 小柄ながらスピードと圧倒的なクロ ...

続きを見る

藤尾翔太のプレースタイルと経歴|高校時代や同級生も紹介!

J1のFC町田ゼルビアに所属する藤尾翔太選手。 セレッソ大阪U-18からセレッソ ...

続きを見る

谷晃生はどんな選手?高校時代のエピソードや経歴、プレースタイルを紹介

FC町田ゼルビアに所属している谷晃生選手。 大阪府堺市出身で、ユース年代はガンバ ...

続きを見る

  • この記事を書いた人

なめこ

年間100試合以上のJリーグをJ1・J2・J3問わず観ています。気になった対戦カードは配信で視聴し、タイミングが合えば社会人リーグや海外サッカーもチェックしています。地元の京都を愛し、京都サンガF.C.のサポーター歴22年。広い視野で日本サッカーを応援しています。

-FC町田ゼルビア
-, , , ,