J1のガンバ大阪でプレーしている名和田我空選手。
高校時代に選手権やU-17ワールドカップに出場したことで、一気に全国に名前が広がりました。
そんな名和田の経歴からプレースタイル、出身地や彼女の噂まで、名和田選手の全てをご紹介します。
目次
名和田我空選手の経歴は?
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| 小学校 | 木之川内SC (現在はバッサゾール都城SC) |
| 中学校 | 神村学園中等部 |
| 高校 | 神村学園高等部 |
| 2025年〜 | ガンバ大阪 |
名和田選手は宮崎県出身のサッカー選手です。
父親、兄、姉がサッカー経験者ということもあり、物心が付く前からサッカーボールを蹴っていたそうです。
まさにサッカー一家の名の下生まれた名和田選手がサッカーの道に進むのは必然だったのかもしれませんね。
小学校からチームに入ってサッカーを本格的にサッカーを始めます。
中学校からは全国的にも強豪校である神村学園に入学します。
小学校から才能があった選手ですが、中学校からは全国大会に出場したり、高校時代にはワールドカップにも出場し、サッカーファンの中では既に有名な選手でした。
そんな類稀なる実力を持った名和田選手はどのような経歴を辿ってきたのか、詳しく紹介します。
小学校時代
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小学生になると地元の少年団チームである木之川内SCで本格的にサッカーを始めました。
名和田選手のプレーの特徴としドリブルが挙げられますが、この頃はドリブルの練習をめちゃくちゃしていました。
小学校の監督がボール扱いを教えてくださったので、自分にとっての恩師だと思います。
引用:J SPORTS
小学校時代の監督にドリブルも含めたボールを扱う技術を徹底的に教えていただいたようで、自身の恩師とも語っていました。
個人的な感想ですが、ドリブルが上手い選手は、幼い頃から基礎を徹底的に叩き込まれている印象があります。
名和田選手もその1人です。
家族の影響やコーチからの教えで、小さい頃からボールを扱う技術を磨き続けたからこそ、今の名和田選手の「強み」につながっているのではないでしょうか。
実力は小学校の頃から結果としても表れ、6年生時の宮崎県大会の決勝ではチームの準優勝に貢献しました。
反撃を試みたい木之川内は名和田我空選手にボールを集め、ドリブル突破でアリーバゴールに迫りますが、
引用:JFA公式HP
決勝では惜しくも敗れましたが、名和田選手が攻撃の中心としてチームを引っ張っていたことは、JFA公式の記事からも伝わってきますね。
九州選抜にも選出されていた?という噂もありますが、真相は定かではありません。
それだけ小学校の頃から実力のあった選手だったことは間違いないと思います。
中学校時代
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中学校からはユース年代の名門、神村学園に入学します。
いくつかの入団オファーがありましたが、一番最初に神村学園がオファーを出してくれたことで、進学を決めたそうです。
地元である宮崎県からだと、通学するには距離があるため、中学入学時から寮生活をスタートさせました。
両親は「プロになるためにはこれくらいしないと」ということで、寮に入ることは前向きだったそうですよ。
中学生の息子を寮に預けるというのは、親にとって大きな決断だったと思います。
名和田選手自身も、家族のもとを離れる覚悟を持ち、「サッカー選手になるための選択」として迷いはなかったようです。
自分の子どもが多くのオファーをもらえば、期待が膨らむ気持ちもよく分かりますよね!
1年生の時は出場機会が少なかったものの、2年生になるとスタメンの座を勝ち取りました。
そして3年生ではキャプテンとしてチームをけん引し、全国中学校大会で初優勝を達成。
さらに自身も大会で10得点を挙げ、見事得点王に輝きました。
その活躍もあり、飛び級で高校生が出場する高円宮杯プリンスリーグにも出場しました。
U-15日本代表候補にも選ばれるほど、まさに「スーパー中学生」と呼ぶにふさわしい活躍ぶりですよね!
高校時代
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中学校を卒業後は神村学園高等部にそのまま進学します。
名和田選手は1年生の時から10番を背負い、チームの中でも主力として期待されていました。
中学時代の活躍を見ると期待されて当然だと思いますが、1年生の時から10番を背負うのは異例のことだったのではないでしょうか。
1年生の頃は思うようなプレーができなかったと語っていましたが、それだけ背番号に対しての責任だったりプレッシャーを背負ってプレーしていたという証拠でもありますよね。
2年生から神村学園のエース番号である14番を背負ってプレーします。
神村学園の14番を背負っている以上は、チームを引っ張って、勝利に導きたいです。
引用:J SPORTS
心境としては嬉しかったと語っていましたが、コメントにもある通り、背番号の重みや責任を感じるコメントでもありますよね。
「試合に出場できるように日々練習する」というよりは、「試合に出場することが前提で、そのうえで背番号に見合った活躍を見せられるか」が、名和田選手に課されたミッションのように感じました。
1年生の時から背番号の重圧と戦ってきた名和田選手ですが、メンタル的な成長がとても大きかったのではないでしょうか。
最終的には、プロの世界で戦っていくうえでのメンタル的なベースが、この時期に育まれたのではないかと感じました。
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2年生の時にはU-17の日本代表に選出され、アジアカップに出場しました。
その大会で名和田選手は5ゴールを記録し、日本代表の優勝に貢献。
さらには大会の得点王とMVPをダブル受賞し、日本のみならずアジアの舞台でもその存在感を強く印象づけることとなりました。
この辺りから海外メディアからも注目される存在となりました!
続くU-17のワールドカップにも出場します。
スペイン戦ではゴールを記録するものの、コンディション不良などが影響し、多くの出場時間を得ることはできませんでした。
「本当にもう終わりかという気持ち」
引用:サッカーダイジェスト
試合後のインタビューでは悔しさをにじませるコメントを残しており、世界を相手に挑んだワールドカップは、名和田選手にとって不完全燃焼の大会となりました。
アジアカップでは最高の活躍でMVPと得点王の2冠を達成し、周りからの期待も大きかったものの、思うような結果を残せず悔しい気持ちが強かったようですね。
高校3年生からはキャプテンに就任します。
夏のインターハイでは全国大会に出場し、決勝で昌平高校に敗れ惜しくも準優勝に終わります。
神村学園は再三名和田選手にボールを集めゴール前に迫りますが、1点が遠く敗戦となってしまいました。
全国準優勝という結果にはなりましたが、神村学園としては初の決勝進出を果たし、歴史に残る成果を残したことは間違いないと思います。
インターハイの雪辱を果たすため挑んだ選手権の鹿児島県予選でしたが、なんと県予選の決勝で鹿児島城西に敗れ全国大会に出場する事が叶いませんでした。
夏の全国準優勝のチームが県予選で敗れるという波乱な展開となりましたね。
神村学園対策を敷いてきた鹿児島城西に軍配が上がる結果となりましたね。
名和田選手を中心に果敢に攻撃を仕掛けましたが、粘り強い守備を最後まで崩しきれず、あと一歩のところで涙をのむ結果となりました。
試合終了後に天を仰ぐ名和田選手の姿が印象的でしたよね。
名和田選手の神村学園での高校サッカー生活は幕を閉じましたが、神村学園に残した実績は後輩たちにとって大きな目標となるのではないでしょうか。
- 1年生で背番号10を背負う
- 2年生でエース番号14を受け継ぐ
- 3年生で背番号14&キャプテンに就任
3年間、常にプレッシャーや責任と向き合ってきた名和田選手。
この経験は、これからプロの世界で戦っていくうえで精神的な支えになると思います。
2025年:ガンバ大阪
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2024年12月15日にガンバ大阪への内定が発表されました。
日本や海外からもたくさんのオファーがあったようですが、ガンバ大阪へ入団することを決めます。
同年の3月にもガンバ大阪の練習に参加しており、その時から高校生らしからぬプレーを披露し、ガンバ大阪のスカウトからも高評価を得ていました。
シュートがうまい。最後のところを決めきれる(宇佐美)貴史みたいな選手。
引用:日刊スポーツ
キックの名手である宇佐美選手と比較されるほど、スカウトはシュートの面で良い評価をしています。
シュートの技術もかなり高かったと思いますが、元々は主にドリブルで名を上げてきた選手ですよね。
すでにプロレベルのシュートにドリブルが通用するようになってくると、「手をつけられないほどヤバい選手」になってくるのではないでしょうか。
そんな選手と同じ環境で練習できるのは、名和田選手にとって最高の環境と言えますね!
背番号は「38」を選択します。
今や海外で活躍している堂安律選手や中村敬斗選手が付けていた背番号であり、いわば出世番号でもあります。
クラブからの提案もあったようですが、最終的には自分でこの背番号を付けて戦うことを決意しました。
入団会見では「開幕戦から出る気持ちで頑張っていきたい」と語っていた名和田選手ですが、迎えた2025シーズンの大阪ダービーとなった開幕戦で、いきなりスタメンに抜擢されました。
前日の練習から「開幕スタメンになるかもしれない」と、薄々感じていたとコメントしていたのが印象に残っています。笑
ガンバ大阪としては、2018年の福田湧矢選手以来となる高卒ルーキーのスタメン入りとなりました。
試合には敗れてしまったものの、名和田選手がどんな選手なのかを多くの人に強く印象づけた試合だったことは間違いありません。
試合開始から途中交代するまでは良いプレーを続けており、「本当に高卒ルーキーなのか?」と思うほど落ち着いたプレーぶりに驚かされたファンも多かったのではないでしょうか。
そして、ACL2の東方との試合ではスタメン出場した名和田選手は、この試合でプロ初ゴールを記録します。
続くホームパナスタで行われたラチャブリ戦でもゴールを記録し、ACL2で連発となるゴールを記録しました。
左サイドから相手をかわして放ったシュートはゴールの右隅に突き刺さり、まさに名和田選手らしいゴールでした!
開幕戦以降はあまり試合に絡むことができていませんが、来シーズン以降の活躍に期待したいですね。
名和田我空選手のプレースタイルは?
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シュートスキルやドリブル・ボールタッチのしなやかさを武器に多くのチャンスを繰り出すことのできる、いわばチャンスメーカーとして特徴のある選手です。
プロとして活躍するための技術などは持ちつつも、その技術に込められている精密さは他の選手と比べても群を抜いているのではないでしょうか。
しなやかなボールタッチと冷静な判断力
名和田選手のプレーを見て感じるのは、ボールを持っても全く焦る様子がないですよね。
そこにはボールタッチにおける自信という部分が大きいのではないかと思います。
- どのタイミングでパスを出せば味方は困らないか
- どのタイミングでパスを出せばチャンスにつながるのか
こういった判断をしっかり理解したうえでプレーを選択しており、試合全体を落ち着かせてコントロールしている印象を受けました。
そこを支えているのが、しなやかなボールタッチであり、18歳とは思えないほどの冷静さと判断力につながっているのだと感じますね。
狙ったところに決めることができるシュート技術
ガンバ大阪のスカウトの青木氏からは「ゴールを決められる星のもとに生まれた選手」と評されるほど、名和田選手は得点能力の高い選手です。
それだけに、シュート技術の高さがずば抜けていることを示していると言えるでしょう。
神村学園時代の選手権で見せたゴールは圧巻の一言ですよね。
完璧なポゼッションと組み立てで、右サイドから相手の守備網を崩し、左サイドで構えていた名和田選手へラストパス。
早い展開の中でゴールの枠にボールを蹴り込むことも難しい中、名和田選手はボールのタイミングを完璧に合わせ、ゴール右隅へと決め切りました。
キーパーと1対1の状況でしたが、パスのスピードも早く、名和田選手自身もスピードに乗っている中なので、意外と難しいシュートだったりするんですよね。
しかも、よく見るとボールが微妙に跳ねているので、これまたタイミングを合わせるのが難しかったりするのです。
それをいとも簡単に決め切ることのできる名和田選手のシュート技術の高さが凝縮されたゴールでもありました。
また、フリーキックの技術も高いことは有名ですよね。
選手権でもゴール前の位置でフリーキックを獲得すると、ボールをセットした名和田選手は、壁の上から曲がって落ちボールをゴールマウスに蹴り込みます。
キーパーからすれば正面気味に飛んできたため処理できそうなボールでしたが、名和田選手の放ったシュートは途中で急激に軌道が変わり、ストンと落ちるボールとなってゴールへ吸い込まれました。
あれほど曲がって落ちると、キーパーとしては対応するのがとても難しくなると思います。
シュートも決めれてフリーキックも決める事ができる。
攻撃面ではできない事がないほど、素晴らしい右足を持っている選手であると思います。
まとめ
- 宮崎県出身の攻撃的ミッドフィルダー。
- 神村学園でエースとして全国準優勝を経験。
- U-17日本代表としてアジア杯を制覇、ワールドカップを経験。
- しなやかなボールタッチと冷静な判断力が持ち味。
- ゴールを狙える高精度なシュート技術を持つ。
- 試合をデザインできるチャンスメーカー。
- プレッシャーの中でも落ち着いてプレーできるメンタルの強さ。
- 高卒ルーキーとしてガンバ大阪で堂々のデビュー。
- 将来、日本代表入りが期待される注目の逸材。
このままガンバ大阪で経験を積み、さらにスケールアップした名和田選手が、将来日本代表のユニフォームを着て世界と戦う姿を見られる日を楽しみにしたいですね。
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