鹿島アントラーズ

鈴木優磨の解体新書:経歴・プレースタイル・年俸完全ガイド

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長らく小笠原満男が背負った番号である40番を背負い、鹿島アントラーズを牽引する鈴木優磨選手

40番をみるとスイッチが入る」と発言するほど、鹿島アントラーズの40番は伝統のある背番号です。

そんな鈴木優磨選手の経歴やプレースタイル、年俸や噂のおばあちゃんの存在まで網羅的に調べ上げた「鈴木優磨 解体新書」をご紹介します。

 

鈴木優磨選手の経歴

小学校 鹿島アントラーズジュニア
中学校 鹿島アントラーズジュニアユース
高校 鹿島アントラーズユース
2015年〜2019年 鹿島アントラーズ
2015年 Jリーグ・アンダー22選抜
2019年〜2022年 シント=トロイデン(ベルギー)
2022年〜 鹿島アントラーズ

小学校〜トップチーム昇格まで

 

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鈴木選手は千葉県銚子市出身のサッカー選手です。

鈴木選手は鹿島アントラーズの下部組織出身で、小学校1年生から鹿島アントラーズのスクールに通い始め、その後数年間は地元のチームに所属していましたが、小学校4年生の時に鹿島のジュニアチームに選抜されます。

家のある千葉県から鹿島の練習場がある茨城県まで片道40kmを週4日、1時間かけておじいちゃんがいつも練習の送迎してくれていたそうです。

小学校1年生の時から送迎してもらっていると考えると、すごい長い期間を送迎されていたんですね。
おじいちゃんとは一番長く一緒にいたそうで、鈴木選手はおじいちゃんっ子だったのではないでしょうか。

その後鹿島アントラーズのジュニアユースからユースに昇格します。

ジュニアユース当初はあまり身長が伸びなかった影響でドリブルを武器にプレーしていましたが、中学3年生から本格的に攻撃的なポジションでプレーします。

チームに負傷者が多い時は、鈴木選手がスピードやドリブルが求められるサイドハーフなどを務めたりしているので、中学校時代のドリブルの経験が活きているのかもしれませんね。

ユース時代には2014年に鹿島アントラーズの3度目のJユースカップ優勝に貢献し、同年の3月にトップチームに2種登録され、2015年にはトップチーム昇格が発表されました。

しかし、鈴木選手のトップチーム昇格までは簡単な道のりではありませんでした。

ヤンチャなことに気持ちが揺らぎ、サッカー以外の非道に走りそうになる
練習が休みの日は夜遅くまで遊んだりしていた
全国大会に出場できず練習を1週間休む
ユースでは絶対的な存在だったが、トップチームのキャンプに参加し練習が厳しすぎて心が折れる

鈴木選手も自覚するほどのヤンチャな少年だったようで、非行の道に進みそうになった時はいつもコーチが道を正してくれたそうです。

今のプレースタイルを見ても、相手選手に威圧感を持って迫る場面を見ると、鈴木選手がヤンチャだったことは容易に想像ができますね。笑

キャンプ時の経験は、時折フラッシュバックするほどの強烈な体験だった様で、トップチームへの昇格が決まった際もキャンプでの出来事が衝撃的すぎたことが理由に、一時は昇格を断って大学へ進んでサッカーを続けるのかも選択肢として持たれていました。

サッカー選手になるためにサッカーを続けてきた」ということが最終的な決断理由となり、悩み抜いた末でのトップ昇格でした。

個人的な鈴木選手のイメージとしては「バリバリサッカーで食っていく!」という向上心ゴリゴリの性格の持ち主かと思いきや、辛いことには素直に「辛い」と感じる繊細な一面もあって意外に感じました。

 

2015年〜2019年:鹿島アントラーズ

 

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鹿島での成績
シーズン 出場試合数 出場時間 ゴール数 アシスト数
2015 7 108分 2 0
2016 31 1188分 8 2
2017 26 866分 6 2
2018 32 2376分 11 10

プロ1年目の2015年、一時はJリーグ・アンダー22選抜で出場するも鹿島では7試合で2ゴールを記録し、1年目の19歳で結果を残します。

プロ2年目以降はチームの主力としてコンスタントにゴールを重ねていきます。

鈴木選手の現在のような負けん気のある風格や雰囲気は1年目から健在で、19歳の時点で貫禄までも感じてしまうようなプレイヤーでした。

2018年には日本代表に初選出されますが、負傷を理由に辞退されています。

この時の日本代表は森保監督で、鈴木選手は意外にも森保監督の時に招集されていたんですね。

鈴木選手がX(旧Twitter)で「イライラする部分が好きじゃない?てめーなに様だよ」「だったら呼ぶんじゃねーよ」と、森保監督批判と理解できるようなポストをしており、森保監督との不仲説が囁かれています。

ポストの真相は謎のままですが、初招集以降は日本代表には召集されていません。

 

2019年〜2022年:シント=トロイデン(ベルギー)

 

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シント=トロイデンでの成績
シーズン 出場試合数 ゴール数
2019 24 7
2020 34 17
2021 11 2

2019年7月にベルギーのシント=トロイデンにへの移籍が発表されます。

移籍初年度のシーズンは24試合で7ゴール、2020年〜2021年シーズンは34試合17ゴールを記録し、キャリアハイのゴールを記録しました。

2021年の夏に鈴木選手がセリエA(イタリア)に移籍を希望しますが実現しませんでした。

ドイツのクラブなどからオファーが届きますが、セリエAへの移籍を希望していたためオファーを全て拒否し、自身の去就が確定するまではシント=トロイデンでの公式戦出場も拒否するなどの問題行動が見受けられますが、最終的にはシント=トロイデンに残留します。

セリエAには頭脳を使って点をとる選手が多いため、その部分を学びたくセリエAへの移籍を希望していたようで、いきなりセリエAではなくてもドイツなど他の主要リーグを経由してセリエAのチームに移籍しても良いのではと思いましたが、当時の鈴木選手は25歳で年齢的な焦りもあったのかもしれません。

一番自分のプレーやコンディションがノっている時に、希望するリーグのクラブに移籍したい気持ちもすごくわかりますね。

その後はシント=トロイデンで試合にも出場し、2021年〜2022年シーズンは11試合で2ゴールを記録しました。

 

2022年〜:鹿島アントラーズ

 

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鹿島での成績
シーズン 出場試合数 出場時間 ゴール数 アシスト数
2022 32 2701分 7 9
2023 33 2825分 14 5
2024 36 3039分 15 8
2025 38 3262分 10 5

2022年に鹿島アントラーズに復帰します。

背番号40番を背負い「アントラーズを優勝させるために帰ってきました」と力強いコメントを残すとともに復帰を果たします。

鹿島に対する熱い想いを感じますね。

2022年はJリーグの優秀選手賞を獲得するなど、復帰後は期待通りの活躍を鹿島アントラーズで続けていますが、鈴木選手が復帰後まだ鹿島アントラーズはJリーグで優勝できていません。

2025年シーズンは数々のタイトルを川﨑フロンターレにもたらした監督である、鬼木達さんが鹿島の監督に就任、序盤から上位に位置し鈴木選手にとって悲願の優勝が最も近づいているシーズンであると言えるのではないでしょうか。

余談ですが、2025年シーズンは我らが京都サンガも優勝争いに加わっており、鹿島アントラーズに負けず劣らない戦いを見せています。

2025年シーズンは例年降格争いをしているチームが優勝争いに加わっているなどの波乱の展開が繰り広げているシーズンで、Jリーグファンにとってもすごく面白いシーズンになっています。

 

2025年シーズンは数々のタイトルを川﨑フロンターレにもたらした監督である、鬼木達さんが鹿島の監督に就任し、序盤から上位に位置していました。

余談ですが、2025年シーズンは我らが京都サンガも優勝争いに加わっており、鹿島アントラーズに負けず劣らない戦いを見せていました。

例年降格争いをしているチームが優勝争いに加わるなどの波乱の展開が繰り広げられ、Jリーグファンにとってもすごく面白いシーズンとなりました。

毎節順位が入れ替わるほど展開が目まぐるしく、サポーターとしてはハラハラドキドキするシーズンとなっていましたね!

そして最終的に、2025シーズンは鹿島アントラーズが優勝を果たしました。

鈴木選手にとって悲願のタイトル獲得となったのです。

本当に報われたなという感覚に今はなっています

引用:ゲキサカ

海外から鹿島に復帰して4年目となった鈴木選手。

多くの期待を背負いながらも、なかなかタイトルには手が届きませんでした。

しかし2025年、ついに悲願のJリーグタイトルを獲得。

多くのものを犠牲にしながら戦い続けてきたであろう鈴木選手が、ようやく悲願のJリーグタイトルを獲得を手にしたのです。

そういった感情から出てきた言葉に、こちらも胸が熱くなりましたね。

 

鈴木優磨選手のプレースタイル

 

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鈴木選手はポストプレーや空中戦、チャンスメイクなど、攻撃の部分では全てにおいて平均点以上のスキルを持ち合わせているオールマイティなFWです。

特にチャンスメイクに秀でている印象で、チャンスメイク数はJリーグでも上位で、2025年シーズンはチーム内のチャンスメイク数は1位となっています。(2025年7月時点)

2022年シーズン記録した8アシストは全てプレーの流れから記録し、チャンスメイクからアシストを量産しました。

もちろんシュートの決定力もあり、ヘディングも強烈です。Jリーグ初ゴールはヘディングから記録しています。

また守備の献身性も特徴の一つです。

私は鈴木選手の守備への献身性がとても好きで、前線から守備をしてくれるとDFの選手はすごく助かるし、前線から1回2回とボールを追ってくれると味方DFの負担が軽減されますよね。

FWの選手が守備をするのは現代のサッカーにおいては必要不可欠な要素になってきていますが、鈴木選手ほど献身的に守備をしてくれる選手は多くないと思います。

鈴木選手は相手選手や審判、相手サポーターにまで挑発行為をしたり、ファールをしてきた選手に対して必要以上に突っかかったりと、プレー面以外でも注目を集めることで有名です。

全てを肯定するわけではありませんが、鈴木選手の勝負に対する強いこだわりや執念を感じるので、今後も鈴木選手の特徴として懲りずにガッツを見せて欲しいなと思います。

試合後には一悶着あった選手とはしっかり挨拶を交わすなど、ノーサイドの精神も持ち合わせていることも、私が鈴木選手を好きな理由の一つでもあります。

「相手DFとボールが無いところでバチバチある方が自分の良さを出せる」「日本人選手は真面目だからあまりちょっかいを出してこないので、自分の良さを出すのが難しい」とも発言していました。

もしかすると相手選手と“わざと”揉めることで、自分の特徴を出すための演技のような部分もあるのかもしれませんね。

 

鈴木優磨選手の年俸・市場価値推移

 

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年度 所属クラブ(試合数 / ゴール数) 推定年俸 推定市場価値
2019年〜2020年 シント=トロイデン(24試合 / 7ゴール) 約5,100万円 約2億5,500万円
2020年〜2021年 シント=トロイデン(34試合 / 17ゴール) 約4,500万円 約3億4,000万円
2021年〜2022年 シント=トロイデン(11試合 / 2ゴール) 約4,500万円 約5億9,500万円
2022年 鹿島アントラーズ(32試合 / 7ゴール) 6,000万円 約3億4,000万円
2023年 鹿島アントラーズ(33試合 / 14ゴール) 6,000万円 約3億4,000万円
2024年 鹿島アントラーズ(36試合 / 15ゴール) 8,000万円 約3億7,400万円
2025年 鹿島アントラーズ 1億1,000万円 約3億7,400万円

2021年〜2022年の市場価値は昨シーズンに17ゴールを記録した影響で約5億9,500万円と急上昇しています。

しかしそのシーズンはベルギーでの公式戦での出場が少なく、鹿島アントラーズに復帰したことも影響し、2022年シーズンの市場価値は約3億4,000万円とガクッと下がっていますね。

年齢的にはまだまだ伸び代がありいくら過去に得点を量産していても、そのシーズンの出場数やゴール数が乏しいとサッカー市場での価値が下がってしまうのでしょうか。

鹿島復帰後はピーク時と比べると減少していますが、以前とJリーグではトップの市場価値を維持しています。

推定年俸についても2025年は約1億1,000万円と億越えに到達しました。

他クラブの日本人選手の推定年俸を見ていると、海外や日本代表として活躍したのちにJリーグに復帰した選手たちは、30歳を超えたあたりで推定年俸が億越えしていますが、鈴木選手は29歳で約1億1,000万円の年俸を受け取っており、年齢を考えると日本人Jリーガーの中では早い段階で億越えに到達しているようです。

鈴木選手は海外での経験や日本代表としての活躍は少ない中、鹿島での活躍や結果だけでこの年俸を受け取ることができているのはとてもすごいですね。

クラブによって人件費に差があるとはいえ、鹿島アントラーズはスポンサー収入・入場料収入がJ1の中でも中位であり、どちらかというと人件費に関しては堅実なクラブなのでは?と想像していますが、その中で29歳という年齢の選手に億を越える年俸を掲示するのは、それだけ鈴木選手に対する期待と信頼の現れだと思います。

 

鈴木優磨選手の兄もJリーガー?

鈴木選手の兄である、鈴木翔大選手もブラウブリッツ秋田に所属するプロサッカー選手です。

ポジションは弟の優磨選手と同じFWで、JFLクラブからJ2クラブに上り詰めた苦労人でもあります。

プレースタイルは優磨選手同様、前線からの惜しみないプレスと空中戦やポストプレーなどを得意としており、チームに1人はいてくれると助かる選手です。

翔大選手は鹿児島ユナイテッド時代から背番号34番をつけてプレーしていますが、これは優磨選手がデビュー時につけていた背番号で、翔大選手の中では出世番号となってるようですね。

僕も今まで一緒にサッカーをやってきた人数が結構いますが、あれだけサッカーに対して真面目で、あれだけサッカーが好きで、サッカーIQの高い選手をあまり見たことがありません。

何かすごい大物だなと思わせる。今までのサッカー人生で出会ったなかで一番の大物だなと自分の弟を見ていて思います。

引用:Qoly

兄も認めるほど優磨選手は愚直にサッカーに取り組んでこられました。

中学・高校時代に道を外れず真摯にサッカーに取り組めたのは、一緒にサッカーをしてきた兄の翔大選手の存在も大きかったのではないかと思います。

 

鈴木優磨選手は退場しておばあちゃんに怒られた?

 

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鈴木選手を語る上で外せない無いのはおばあちゃんの存在です。

常々「いらないイエローカードはもらうな」とおばあちゃんに言われている
初めて退場した試合の後、おばあちゃんが自宅前で待ち伏せし「迷惑をかけたんだぞ」と鈴木選手を説教

特に初めて退場した時のエピソードはSNSでかなり話題になりましたね。

鈴木選手もひたすらに「ごめん」と謝って、10分くらい家に入れなかったと発言されていました。

意外にも鈴木選手は退場した経験がなく、2024年の名古屋グランパス戦が初めての退場だったようで、おばあちゃんの「いらないイエローカードはもらうな」という試合前の忠告がないと鈴木選手のスタイル的にもっと退場していたかもしれません。

おばあちゃんの日頃の孫教育が、鈴木選手の退場の少なさに影響しているのは間違いなさそうです。

 

鈴木優磨選手の日本代表に対する想いとは

 

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  • 今の日本代表に僕が何かをすることはない
  • その分その力を鹿島に全て注ぎ込みたい
  • 基本的には日本代表のユニフォームは着ることはない

と語っており、日本代表に対するこだわりはないようです。

毎シーズン代表ウィークになると「鈴木優磨日本代表選抜論」がSNS上で繰り広げられていますが、そこに対するアンサー的な発言ですよね。

個人的には、今の日本代表に足りない要素や、+αを生み出すパワーの持ち主だと思っていましたが、本人の意思などを考えると、今後鈴木選手を日本代表のピッチで見ることは難しいのかなと思いました。

 

まとめ

  • 鹿島アントラーズの下部組織出身
  • 練習場がある茨城県まで、おじいちゃんがいつも練習の送迎していた
  • サッカー以外のヤンチャなことに気持ちが揺らぎ、道を外れそうになる
  • 森保監督の時に一度、日本代表に招集されている
  • ポストプレーや空中戦、チャンスメイクなどに特徴があり、前線からの守備も惜しまない
  • 2025年シーズンの年俸は1億1,000万円、ピーク時の市場価値は約5億9,500万円
  • 兄である、鈴木翔大選手もプロサッカー選手
  • おばあちゃんに常々「いらないイエローカードはもらうな」と言われている
  • 「基本的には日本代表のユニフォームは着ることはない」と語っている

鈴木選手のプレースタイルには否定的な意見が多くありますが、個人的には日本人にはあまりない外国人のようなプレースタイルで、ガッツがありとても観ていて面白い選手だなと思います。

ピッチ外や試合終了後の紳士的な振る舞いには好感を持てますし、そんな鈴木選手の一面がJリーグファンの間でもっと広まることを願っています。

 

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  • この記事を書いた人

なめこ

年間100試合以上のJリーグをJ1・J2・J3問わず観ています。気になった対戦カードは配信で視聴し、タイミングが合えば社会人リーグや海外サッカーもチェックしています。地元の京都を愛し、京都サンガF.C.のサポーター歴22年。広い視野で日本サッカーを応援しています。

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