FC町田ゼルビア

相馬勇紀の嫁・子供・経歴情報を総まとめ!

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J1のFC町田ゼルビアに所属している相馬勇紀

小柄ながらスピードと圧倒的なクロス精度を武器に活躍するアタッカーです。

そんな相馬選手の嫁や子供の存在、高校や経歴など余すことなくご紹介します。

相馬選手の嫁は?

相馬選手の奥様は、フリーアナウンサーの森山るりさんです。

生年月日 1991年7月4日
出身地 愛知県
趣味 音楽、カフェ、アイドルのコンサート、靴磨き、サッカー観戦

相馬選手は1997年生まれなので、るりさんとは5歳差夫婦の姉さん女房になります。

るりさんのお顔がとても若々しいので同級生くらいかと思っていましたが、まさか5歳差のご夫婦だったとは驚きです。

とても多趣味なるりさんですが、サッカー観戦が趣味だということも2人を惹き寄せた一つの要因だったかもしれませんね。

お父さんの影響でサッカーに興味を持ち、社会人になってから本格的にサッカーにハマったようですよ。

2020年には「2020-21 WOWOWリーガール」に就任し、スペインのラ・リーガを盛り上げるべく活動をされていました。

就任時には「ラ・リーガの番組を担当できるなんて夢にも思っていなかったので本当にうれしいです!」とコメントもしておられます。

実際にラ・リーガのことを知らないとWOWOWリーガール就任のお話もなかったと思います。

もしかするとJリーグよりも、ラ・リーガなどの海外サッカーをよく観られていたのかもしれませんね。

るりさんは上智大学経済学部経営学科を卒業されており、英検2級や世界遺産検定2級の資格を保有し、さらにはTOEICで765点を誇るなど学生時代は勉学に力を入れてこられました。

また、上智大学のミスソフィアコンテストにも出場されています。

アナウンサーを目指してこられましたが、試験に不合格となり、セント・フォース、テイクオフ、A-PLUSという事務所に所属しながらタレントやキャスターとして活動します。

日本テレビの「ZIP!」やテレビ東京の「ニュースモーニングサテライト」などにも出演してこられました。

結婚後はフリーアナウンサーとして活動されています。

相馬選手とるりさんの馴れ初めは?

るりさんの大学の後輩が相馬選手とたまたま幼馴染だったことがきっかけで、結婚を前提のお付き合いに発展します。

その後お2人は2021年の8月に結婚を発表し、お二人はお互いについて以下のようにコメントされています。

相馬選手

妻は自分が上手くいっている時、いっていない時、どんな時も真っ直ぐに向き合って支えてくれました。

るりさん

彼といるといつも自然体でいられ、共に時間を過ごす中で、人生を一緒に旅していきたいと考えるようになりました。

るりさんの「人生を一緒に旅していきたい」という言葉、とても素敵ですね。

お互いがお互いを支え合うとても良い関係を築かれている事がとてもよく伝わります。

 

相馬選手の子供は?

2022年の4月に第一子となる男の子が誕生しています。

相馬選手のJ1通算100試合出場の達成を祝うセレモニーでは、試合前にるりさんが花束を相馬選手に贈呈しました。

ご出産直前だったこともあり、花束を受け取った相馬選手はるりさんのお腹を撫でるなど、仲睦まじい一面にこちらも幸せな気持ちになりましたね。

 

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その時のシーンについてるりさんは「お腹をなでた後、緊張していたのか何故か私に花束を渡そうとしています笑」とSNSで語っており、相馬選手の天然な一面も垣間見る事ができました。

るりさんに花束を渡そうとしているように見えますが、もしかすると花束をお腹の中の赤ちゃんに見せようとしていたのかもしれませんね。

相馬選手の経歴は?

小学校 布田SC
三菱養和調布SS
三菱養和SC調布ジュニア
中学校 三菱養和SC調布ジュニアユース
高校 三菱養和SCユース
大学 早稲田大学
2019年〜2024年 名古屋グランパス
2019年 鹿島アントラーズ
2023年〜2024年 カーザ・ピアAC(ポルトガル)
2024年 FC町田ゼルビア

小学校から高校まで「三菱養和SC」という三菱養和会が運営するクラブに所属します。

三菱養和会とは日本でもトップレベルの育成機関であり、幼少期からハイレベルな練習を積んできた事がわかりますね。

名古屋グランパスでは、特別指定時代の成績から鹿島アントラーズへの期限付き移籍に至るまでのエピソードや、カーザ・ピアACへの期限付き移籍し、名古屋グランパスへ復帰するも、数日でFC町田ゼルビアへ移籍し、Jリーグ界隈をざわつかせた騒動までご紹介しています。

 

小学校時代

相馬選手は東京都調布市出身のサッカー選手です。

両親は共にテニス選手として有名な方でした。

小学校の高学年までは色々なスポーツをさせたいとの想いから、幼稚園の時に三菱養和会のサッカースクールに通わせますが、スクールだと試合がないので、地元のサッカー少年団である布田SCにも入団させます。

両親は相馬選手に将来的にはテニスをさせたい気持ちがあったようですが、相馬選手はどんどんサッカーの面白さにのめり込んでしまい、飛び級で高学年の試合に出場するなど実力を幼少期から伸ばしていきました。

ご両親もスポーツ万能なので、両親の遺伝を引き継ぐ形で相馬選手もスポーツの才能は元々あったかもしれませんね。
不本意な形で相馬選手は別のスポーツの道に歩みましたが、その後の活躍を見るとご両親はサッカーをさせて良かったと思われているんじゃないでしょうか。

小学校6年生から三菱養和SC調布ジュニアに入団します。

三菱養和SC調布ジュニアにはトライアルを経て入団しますが、トライアルから入団できる選手はわずか2名

相馬選手は2名のうちの1人となり、約50名の中から三菱養和SC調布ジュニアへの入団を勝ち取ります

教育家の両親のもとでスポーツの才能を開花させた相馬選手は、三菱養和会のサッカースクールの中でも輝いていた存在だったようで、三菱養和SC調布ジュニアへの入団はご両親の相馬選手に注いできた教育が一つ身を結んだ瞬間でもあったのかもしれません。

高校時代

その後、三菱養和SC調布ジュニアユースへと昇格し、三菱養和SCユースへとステップアップしていきます。

三菱養和SCユース入団時は家から歩いて4分の調布南高校へ入学します。

これは母である靖子さんの「睡眠を大事にする」考えがあり、三菱養和SCユースの練習場までは往復で2時間かかるようですが、通う高校が近ければ多く睡眠時間が取れるだろうという考えがあったようです。

高校2年時には東京都選抜として国体に出場し全国優勝、三菱養和SCユースでは日本クラブユースサッカー選手権で優勝するという快挙を果たします。

日本クラブユースサッカー選手権はJリーグクラブの下部組織のチームが出場する中、街クラブである三菱養和SCユースが優勝するのは異例の中の異例だったようです。

国体優勝や日本クラブユースサッカー選手権優勝など、個人として徐々に結果がついてくるようになり、選手としての価値を高めていきます。

高校時代から明確な目標に「2020年のオリンピック(東京五輪)に出場すること」を掲げており、アンダー世代の日本代表とは無縁だったにも関わらず、結果的には東京五輪のメンバーとしてオリンピック出場を果たします。

国体での全国優勝や、日本クラブユースサッカー選手権での優勝という成功体験が相馬選手に自信をつけ東京五輪出場という目標を達成できたのかもしれませんね。

大学時代

高校時代には湘南ベルマーレの練習にも参加していましたが、高校卒業後は早稲田大学に入学します。

サッカー選手としてダメになっても「就職のチャンスも広がるから」という理由で良い大学に進学することを母の靖子さんは勧めていたようですね。

相馬選手も早慶戦に憧れがあり、早稲田大学に進学を決めたと語っています。

母の靖子さんの相馬選手に対する愛情の注ぎ方は人によっては嫌になってくるお年頃かと思いますが、愚直に母の思い描く進路を進める相馬選手もすごいなと思いました。

テニスではなくサッカーの道に進んだ事が、相馬選手の唯一譲れないこだわりだったのかもしれませんね。

2017年には関東大学サッカーリーグ2部でアシスト王となり、早稲田大学の1部昇格に貢献します。翌年の2018年には関東大学サッカーリーグ1部でもアシスト王となり、早稲田大学の「昇格後即優勝」に大きく貢献します。

Jリーグでもクロスからアシストを数多く記録している印象なので、大学時代でアシストを量産した経験がプロの舞台でも活きているのかもしれません。

 

2018年:名古屋グランパスに内定

2018年5月に名古屋グランパスへの入団が内定し、特別指定選手として選手登録されました。

2018年8月の鹿島アントラーズ戦でプロデビューすると、早速初アシストを記録します。

その勢いのまま、続く横浜F・マリノス戦でもアシストを決め、2試合連続で結果を残しました

そしてセレッソ大阪戦では、待望のJ1初ゴールを挙げました。

記録した2つのアシストはスピードで相手を置き去りにし、クロスからアシストしており、相馬手と対峙していた相手はスピードが速すぎて対応できていないように感じました。

しかも大学生ということもあるので十分に分析もできず、スピードが武器の相馬選手の土俵で戦うとどうしても後手に回ってしまうのかもしれませんね。

 

2019年〜2023年:名古屋グランパス、鹿島アントラーズ

名古屋・鹿島での成績
シーズン 出場試合数 出場時間 ゴール数 アシスト数
2019(名古屋) 16 380分 1 0
2019(鹿島) 5 68分 1 0
2020 31 1720分 2 0
2021 33 1642分 2 8
2022 34 2589分 2 1

2019年に名古屋グランパスに正式に加入します。

入団前の活躍で大きな注目を集めますが、2019年は出場した16試合のうち先発は1試合で、出場した試合はほとんどが途中出場となっていました。

特別指定選手時代のインパクトがあったため、相手チームにはもちろん分析されますし、その影響で思うようなプレーができなかったのかもしれません。

2019年の8月に鹿島アントラーズへ期限付き移籍をします。

大卒ルーキーが入団半年でライバルチームである鹿島アントラーズに移籍するのは珍しいことだと思いますが、「すべては成長のため」という決意のもと、移籍を決断します。

鹿島は相馬選手の大学時代の活躍を評価しての獲得だったと思います。

移籍当時の8月は鹿島アントラーズの方が名古屋グランパスよりも順位は上であり、所属チームで出場機会を失うと、普通は下位のチームに出場機会を求めて移籍する事がほとんどなので、上位チームへの移籍は異例だったかと思います。

しかし、鹿島アントラーズでも出場した5試合は全て途中出場、1ゴールは記録するものの思うような結果を残す事ができませんでした。

2019年の12月には東アジアE-1サッカー選手権の日本代表に初選出されますが、相馬選手としては数字として結果を残す事がきず、悔しいシーズンとなりました。

2020年、「『数字』を出す。結果を常に出せるよう闘います。」という熱い言葉のもと、鹿島アントラーズから名古屋グランパスに復帰します。

ここから相馬選手は覚醒します。

復帰初年度の2020年は31試合に出場し、チームの主力として活躍します。

2021年は33試合に出場し8アシストを記録し、J1リーグのアシストランキング3位の数字を残します。

また、高校時代の目標でもあった東京五輪のメンバーにも選出され、まさに相馬選手にとって飛躍の1年となりました。

2022年は全34試合の全ての試合に出場29試合で先発するなど、超主力としてチームを牽引し、2022カタールワールドカップの日本代表にも選出されました。

相馬選手は当落線上と見られていましたが、見事にワールドカップの出場を勝ち取ります。

森保監督は当時から「ポリバレントな選手」を重要視しており、相馬選手は日本代表のポジションでいう、ウィングバックやシャドーの2つのポジションでの活躍を期待した選出だったのではないでしょうか。

 

2023年〜2024年:カーザ・ピアAC

2023年1月にポルガルのカーザ・ピアACに期限付き移籍をします。

2022年〜2023年シーズンはリーグ戦18試合に出場し2ゴール1アシストを記録し、2023年〜2024年シーズンは32試合に出場し5ゴール3アシストを記録します。

移籍後はコンスタントに成績を残し続けますが、移籍金が高額なことを理由に完全移籍とはならず、名古屋グランパスに復帰することになります。

金銭的な問題で移籍が頓挫することは海外クラブにありがちな印象ですが、相馬選手もその問題に巻き込まれた形となってしまいました。

手応えのある成績だった故に、もし違うチームであれば完全移籍でのオファーが届いて引き続き欧州でプレーできたのかもしれませんね。

 

2024年〜:名古屋グランパス、FC町田ゼルビア

名古屋・町田での成績
シーズン 出場試合数 出場時間 ゴール数 アシスト数
2024(名古屋) 1 78 1 0
2024(町田) 11 753 1 0
2025 34 2707 9 10

2024年7月11日に名古屋グランパスに復帰します。

柏レイソル戦に先発で出場すると同点ゴールを記録し、チームの逆転勝利します。

ファンもこれからの相馬選手の活躍に期待しますが、2024年7月23日にFC町田ゼルビアへの移籍を発表します。

まさかの復帰後13日での移籍劇にネット上では驚きの声が上がりますが、移籍に際して相馬選手は「海外移籍を探る中で新たな環境でプレーをしたい」とコメントしており、新しい環境で成長したいという気持ちが強かったようですね。

「海外移籍を探る中で」というコメントも残している通り、海外でのプレーを希望していた中で思うようなオファーが届かなかったのでしょうか。

相馬選手の実力やワールドカップにも出場した経歴だけでも海外クラブからのオファーは届きそうですが、当時J1で首位を走っていたFC町田ゼルビアに移籍を決めたようです。

FC町田ゼルビアに移籍後はチームに即フィットし、2024年シーズンは11試合に出場し9試合で先発、1ゴールを記録しました。

2025年シーズンも引き続き町田でプレーします。

34試合に出場し、ほとんどの試合で先発出場、9ゴールを記録するなど、クラブの象徴的な選手になりましたね。

相馬選手のゴールはどれもゴラッソ級のシュートばかりですよね!

「あ、このシュート入るかも」と思った瞬間、本当にゴールネットを揺らしてしまう。

まさに「ゴラッソ製造機」という肩書きがぴったりの選手だと思います!

チームとしては町田の天皇杯初制覇に導き、個人としてもJリーグベストイレブンに輝くなど、非常に充実したシーズンだったのではないでしょうか。

 

まとめ

  • 奥様は、フリーアナウンサーの森山るりさん
  • るりさんの後輩と相馬選手が幼馴染だったことがきっかけに、結婚を前提に交際
  • 2021年の8月に結婚を発表し、2022年の4月に第一子となる男の子が誕生している
  • 小学校時代、約50名の中から三菱養和SC調布ジュニアへの入団を勝ち取る
  • 高校時代、国体に出場し全国優勝、三菱養和SCユースで日本クラブユースサッカー選手権で優勝する
  • 早稲田大学時代では、1部昇格後即リーグ優勝を達成する
  • 名古屋グランパス、鹿島アントラーズを経て、2023年にポルトガルの、カーザ・ピアACに移籍
  • 2024年に名古屋グランパスに復帰するも、わずか13日でFC町田ゼルビアへの移籍をする

相馬選手のスピードや相手を抜き去ることの出来るドリブルは、日本人選手の中でも突出している能力だと思います。

今の日本代表を見ても、抜き去るドリブルが武器の選手は多くないので、まだまだ日本代表として活躍してほしいなと願っています。

 

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  • この記事を書いた人

なめこ

年間100試合以上のJリーグをJ1・J2・J3問わず観ています。気になった対戦カードは配信で視聴し、タイミングが合えば社会人リーグや海外サッカーもチェックしています。地元の京都を愛し、京都サンガF.C.のサポーター歴22年。広い視野で日本サッカーを応援しています。

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