鹿島アントラーズ

荒木遼太郎とは?彼女・高校・経歴・プレースタイルを詳しく紹介!

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J1の鹿島アントラーズでプレーする荒木遼太郎選手

ファンタジスタとして躍動するプレーが特長の選手です。

そんな荒木選手の噂される彼女の存在や、輝き放った高校時代、反乱万丈な経歴やプレースタイルをご紹介します。

 

荒木遼太郎選手の彼女は?

 

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荒木選手の彼女は、モデルやインフルエンサーとして活動されているねおさんです。

名前 ねお
愛称 ねおんつぇる
本名 山崎嶺緒
生年月日 2001年6月6日
出身地 鹿児島県
高校 第一学院高等学校

ねおさんは実際には歌わず、音楽に合わせて口を動かす「リップシンク」の動画で人気を集め、モデルやタレントの活動をスタートします。

ねおさんは「リップシンク」の火付け役と言われており、7年以上前から「リップシンク」の動画を投稿されています。

今では「リップシンク」で動画を投稿する若い人たちはかなり増えましたが、7年以上も前から「リップシンク」の動画を投稿されていることを考えると、確かに今の若い人たちに刺さりそうだなと思いました。

現在はワタナベエンターテインメントに所属されています。

 

愛称の「ねおんつぇる」の由来は?

ねおさんの愛称である「ねおんつぇる」は「ラプンツェル」からきているのではないかと思います。

過去にはラプンツェルとのコラボグッズを販売しており、ご自身の「ねお」という名前と「ラプンツェル」を合わせて「ねおんつぇる」という愛称になっているのではないでしょうか。

ラプンツェルとコラボグッズを販売されるほどなので、ねおさんはラプンツェルがとても好きなんですね。

 

ねおさんの高校は?

ねおさんはモデルやタレントの活動と学業を両立されるため、第一学院高等学校に進学されます。

Little Glee Monsterのみなさんが第一学院の卒業生だと書いてあり、芸能のお仕事と勉強を両立している在校生がたくさんいると知ったんです。

引用:第一学院高等学校HP

Little Glee Monsterさんの影響で第一学院高等学校に進学されたのでしょうか。

第一学院高等学校は多くのサッカー選手やアスリートも卒業されており、勉強以外の活動に力を入れたいという人にとっては、とても良い環境が整っていのではないかと思います。

 

荒木遼太郎選手とねおさんの馴れ初めは?

荒木選手とねおさんは同い年であり、荒木選手は熊本県出身で、ねおさんは鹿児島県出身、同じ九州出身であるなど、多くの共通点を持たれています。

共通の知人の紹介で知り合ったお二人は、初めて会った時から意気投合されたのではないでしょうか。

 

荒木遼太郎選手とねおさんの共通の知人とは?

共通の知人とはSNSクリエイターのウンパルンパさんではないかと噂されています。

ウンパルンパさんは荒木選手とも、ねおさんとも繋がりがあり、そこから知り合い交際に発展したのかもしれません。

荒木選手とねおさんの熱愛報道は2024年8月のパリ五輪期間にスクープされており、荒木選手はサッカー日本代表としてオリンピックに出場していました。

オリンピック選手だったということもあり、注目度が高まっている中での熱愛報道だったので、かなりネットやSNSでは話題になっていましたね。

 

荒木遼太郎選手の高校は?

荒木選手は東福岡高校出身です。

高校サッカーでは名門であり、数多くのプロサッカー選手を輩出しています。

あの長友佑都選手も東福岡高校出身です。

長友 佑都 福田 湧矢 福田 翔生 中村 拓海 毎熊 晟矢
佐藤 凌我 小田 逸稀 松田 天馬 鍬先 祐弥 高江 麗央
増山 朝陽 大森 真吾 阿部 海大 浦 十藏 野寄 和哉

ざっと並べるだけでもJ1で活躍している選手や、海外で活躍選手が大勢いる事がわかりますね。

サッカーだけでなく、スポーツ全般に力を入れており、多数のアスリートを輩出している高校としても有名です。

佐々木 健介(プロレス) 有田 隆平(ラグビー) 垣永 真之介(ラグビー) 藤田 慶和(ラグビー) 金子 聖輝(バレーボール)

東福岡高校のラグビー部はとても有名で、全国高校ラグビー大会においては7回の優勝を誇る強豪です。

また、進学校としても実績を残しており、国立大や早慶上理ICUと呼ばれる難関大学への合格者も多く輩出しています。

東福岡高校は普通科進学コースと、勉強に特化する普通科特進コースが設けられているので、荒木選手はあまり勉強に力を入れなくて良い普通科進学コースに進学されたのではないでしょうか。

高校の勉強のレベルが高いとついていくのに大変ですよね。

コース 偏差値
普通科特進英数コース 61
普通科特進コース 57
普通科進学コース 48

普通科特進英数コースと普通科進学コースでは偏差値の差が19もあることがわかりますね。

荒木選手はサッカーに専念するために、普通科進学コースで部活と学業をいい感じに両立されていたのではないかと思います。

東福岡高校は男子校でしたが、2025年度からは男女共学になる事が発表されています。

それに伴いコース名やコースの種類も改編や新設がされますが、荒木選手在学時の当時と変わらず、スポーツに力を入れたい生徒、勉強に力を入れたい生徒など、それぞれの生徒に合ったコースが用意されているのではないでしょうか。

 

荒木遼太郎選手の経歴は?

小学校 FCドミンゴ鹿央
シャルムFC熊本
中学校 ロアッソ熊本Jr.ユース
高校 東福岡高校
2020年〜2023年 鹿島アントラーズ
2024年 FC東京
2025年〜 鹿島アントラーズ

荒木選手は小学校時代、2つのサッカーチームに所属されていました。

また、野球チームにも所属していたという話もあるので、その辺りも触れていきます。

高校卒業後、名門鹿島アントラーズに入団しプロとして順調なキャリアをスタートさせますが、監督の交代や負傷により出場機会が激減。

そこから、荒木選手の復活のきっかけとなったFC東京への移籍についても紹介します。

 

小学校時代

荒木選手は幼稚園の年長の時に、お父さんがサッカーを教えていたクラブチームでサッカーを始め、並行して野球チームにも所属します。

最初はサッカーではなく野球からスポーツを始めました。

「ボールがよく飛んでくるから」という理由でポジションはショートを守っていました。

守るだけでなく、たくさんプレーに関わる事ができるためショートが好きだったんでしょうか。

確かに守備でもあまり打球が飛んでこないと楽しくないですよね。

そういったプレーに対する積極的な気持ちが、後のサッカー人生でも活きているのかもしれません。

最初は野球の方が楽しいと思っていたようですが、小学校に上がるタイミングでシャルムFC熊本に入団することがきっかけとなり、サッカーにのめり込んでいきます。

荒木選手は2つの2つのクラブチームに所属されてしましたので、幼稚園の年長の時に入団されたのはFCドミンゴ鹿央ではないかと言われています。

「フォワードとして点を取れるのが楽しくて仕方ない」と語るほど、当時はサッカーの楽しさにどっぷりとハマっておられたようですね。

小学校の頃に「こんなにも楽しい」とサッカーの魅力に取り憑かれた事が、荒木選手が今後サッカー選手を目指していく原動力になったのではないでしょうか。

「この頃からサッカー選手に対して憧れを持っていた」と語っており、荒木少年の「楽しい」という無垢な気持ちから始めたサッカーが将来の夢となり、やがてプロサッカー選手という夢にたどり着いたのは、シンプルに素敵だなと思います。

 

中学校時代

中学校はロアッソ熊本ジュニアユースに入団します。

ロアッソ熊本ジュニアユースにはセレクションを経て入団しますが、3次試験まであるセレクションを1次試験だけで合格してしまいます。

当時から荒木選手は「他の選手よりも自分の方が実力がある」と認識していたようで、自分の能力にかなり自信があったようですね。

しかし、荒木選手は身体のサイズが小さかったため、いつもコーチに「もっと走れ」怒られていました。

「あまりにダメすぎて、もう考えることは一回忘れようと。深く考えず、ただフットボールを楽しもう。ひたすらフットボールをして、ずっとボールをに触っていようと思った」

来る日も、来る日もまた怒られ、またへこむ。だが、次の練習では「今日はやってやる」と気持ちを切り替え、参加し続けた。

引用:鹿島アントラーズ公式HP

荒木選手がちょっとした自暴自棄に落ち込むほど、怒られていたのでしょうか。

しかし、純粋にサッカーが好きだからこそ「サッカーを楽しむ」という原点に立ち返ってサッカーを続けてこられたのではないかと思います。

そういった経験から、荒木選手は気持ちの切り替えが速くなり、自身の成長スピードにも影響を与えました。

怒られてもめげずに気持ちを切り替えて積み重ねる事が、成長につながっているんだと感じました。

 

高校時代

 

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高校は福岡の名門東福岡高校に進学します。

ロアッソ熊本ユースに昇格することもできたようですが、将来の選択肢を増やすためにあえて東福岡高校への進学を決めます。

中学2年生くらいの時にどうやったらプロになれるかなって考えてた時に、東福岡高校で10番をつけてキャプテンをやっている人って、毎年プロになってるなって思って。そこから真剣に目指し始めましたね。

引用:NIKE公式HP

中学2年生でプロになるための具体的な道筋を自分で見つけ出したというのは素晴らしいですね。

「東福岡の10番でキャプテン」という具体的なロールモデルを見つけることで、目標がより明確になり、より荒木選手の自信につながったのではないでしょうか。

1年生の時には世代別の日本代表や国体選手に選ばれますが、怪我などが重なりあまり試合に絡むことは出来ませんでした。

2年生の時からスタメンを勝ち取り選手権の全国大会にも出場、3年生の時には10番を背負い、部員約300人の大所帯をまとめ上げるキャプテンも務めますが、荒木選手個人としては思うような結果を高校サッカーで残すことは出来なかったようです。

最後の選手権は福岡県大会決勝で敗れてしまい、荒木選手の高校サッカー生活は幕をじます。

2年生からスタメン、10番、キャプテンというチームの主軸としてプレーした実績は本当にすごいですね。

それでも荒木選手の中では目に見えた結果を残せなかった事が、荒木選手の中では強く残ったのかもしれません。

結果というところで見ると3年生最後の選手権に出場できなかったことは悔しいと思いますが、チームの中心として培った経験は、結果以上に価値あるんじゃなのかなと思います!

 

2020年〜2023年:鹿島アントラーズ

鹿島での成績
シーズン 出場試合数 出場時間 ゴール数 アシスト数
2020 26 894分 2 3
2021 36 2291分 10 7
2022 13 530分 1 1
2023 13 447分 0 0

2020年シーズンからの鹿島アントラーズへの入団が決定します。

鹿島のキャンプに初めて参加した時は、あまりのレベルの高さに驚いたようですが、徐々にプロのレベルにも慣れていき、練習試合ではゴールなど目にみえる「結果」でアピールする事に成功します。

その結果、「いばらきサッカーフェスティバル2020」と呼ばれる水戸ホーリーホックとのプレシーズンマッチではスタメンに抜擢され、1ゴールという結果を残します。

 

2020年 26試合2ゴール
2021年 36試合10ゴール
2022年 13試合1ゴール
2023年 13試合0ゴール

2020年のJ1開幕戦では、鹿島アントラーズで内田篤人さん以来となる高卒ルーキーで開幕戦に出場しました。

プロとしてのスタートダッシュに成功し、1年目は26試合2ゴールという記録を残します。

2021年には背番号を13番に変更します。

鹿島の13番と言えば、柳沢敦さんや興梠慎三さんなど、鹿島のエースとして活躍してきた選手がつける伝統的な背番号になります。

背番号に対するプレッシャーや責任はあったと思いますが、荒木選手は「鹿島の13番」に見合う活躍を見せます。

10代の選手としては27年ぶりに城彰二以来となる3試合連続ゴールを記録し、シーズン2桁得点記録も達成。

シーズン合計10ゴール7アシストという記録で鹿島アントラーズに貢献し、Jリーグの「ベストヤングプレーヤー賞」を受賞しました。

まさに飛躍のシーズンとなった荒木選手。

10代での3試合連続ゴールやシーズン2桁得点という記録は、荒木選手の持ち味でもある自信やルーキーという勢いだけ達成できないと思います。

ゴールだけでなくアシストでも多く数字を記録している部分にも、鹿島の攻撃の中心として結果を残しているのが伝わってきますね。

2022年からは背番号を10番に変更します。

2年目の成績を見つめ直したとき、『この結果なら背番号の変更を志願できるのではないか』『アントラーズの10番を託してもらえるのではないか』と考えながら、僕のほうから申し出ました。

引用:鹿島アントラーズ公式HP

なんと自ら志願して背番号を10番に変更したようですね。

10番を背負うだけでも責任重大で、私ならクラブからお願いされても拒否してしまいそうですが、自分から申し出て10番を背負う事になったのは本当にすごいなと思います。

しかし、2022年は自身の負傷や監督交代などが影響し、出場機会が激減

思うような結果を残す事ができませんでした。

続く2023年は「守備の強度」と「素早い攻撃」を指向するチームスタイルと、荒木選手の持ち味である「狭いスペースで違いを生み出す」プレースタイルが噛み合わず、先発した試合はわずか3試合、出場も13試合で0ゴールと結果を残す事ができませんでした。

荒木選手も「なぜ出られないのかも分からなかった」というほど、自身のコンディションにも問題はなかったにも関わらず試合に絡めない状況は、精神的にもキツかったのではないかと思います。

 

2024年:FC東京

 

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FC東京での成績
出場試合数 出場時間 ゴール数 アシスト数
29 1944分 7 4

荒木選手は出場機会を求めてFC東京へ期限付き移籍をします。

環境を変えたい」との思いで鹿島からの移籍を決断しますが、この決断が荒木選手にとっての転機となりました。

オファーをもらった時から自身のプレーやチームのスタイル、クラブが荒木選手に求めていることが合うのではと思っていたようですが、荒木選手の思惑通り、自身のプレーとチームのスタイルが完全に合致します。

J1開幕戦となったセレッソ大阪戦で2ゴールをマークし、センセーショナルな活躍を見せます。

この2ゴールで、2021年シーズンの大活躍した時の荒木選手が戻ってきたと確信しました。

続く第2節でも1ゴールをマークし、開幕から2試合連続ゴールとなる挨拶代わりの活躍を見せます。

その後もコンスタントに試合に出場し、29試合に出場した試合のうち23試合でスタメン出場7ゴール4アシストを記録し、チーム内得点王&アシスト王となります。

まさに2021年のベストヤングプレーヤー賞を受賞したシーズンのような活躍で、FC東京の主力として活躍しました。

7ゴール4アシストという記録だけを見ても、攻撃の中心としてチームを引っ張っていたことが明らかですね。

特にスタメンでの出場が多く、チーム内でも絶対的な信頼を獲得し、長いプレー時間を確保できたことが、FC東京に移籍した事の大きな収穫だったかもしれません。

 

2025年〜:鹿島アントラーズ

鹿島での成績
シーズン 出場試合数 出場時間 ゴール数 アシスト数
2025 19 806分 0 2

FC東京への完全移籍も噂される中、2025年1月に鹿島アントラーズへの復帰が発表されます。

FC東京サポーターの間では、2024年シーズンの活躍もあっただけに「完全移籍でFC東京に来てくれんじゃないか?!」という声も多くあった中、鹿島アントラーズ絵の復帰だったので、少し落胆の声もありましたね。

背番号は71番を選択します。

FC東京時代も71番を背負っていたのですが、鹿島アントラーズのチームメイトだった中村亮太朗選手がヴァンフォーレ甲府に移籍した際に71番を付けており「いい番号だな」と思われたことで71番を選択しました。

鹿島に復帰した際もその流れで71番を選択されたのではないでしょうか。

Jリーグでは41番を着用する選手が急増している傾向にあるので、もしかすると今後71番を着用する選手が増えてくるかもしれませんね。

ちなみに41番は、川崎フロンターレの家長昭博選手が41番を着用し活躍したことから人気になってきたとも言われています。

 

荒木遼太郎選手のプレースタイルは?

荒木選手は主にテクニックに優れた選手です。

細かいタッチで相手を翻弄するドリブルや、相手の逆を突くパスやプレーが得意な選手です。

また、狭いスペースでも焦ることなくプレーする事ができるため、ゴール前や中盤での細かいコンビネーションで相手の守備を崩す事ができます。

主にトップ下やサイドハーフで出場する事が多いですが、特にトップ下での荒木選手はピッチ上で別格の輝きを放っていますね。

得点感覚にも非常に優れている点でもあります。

私が特に印象深く残っているのは、FC東京時代に決めたサンフレッチェ広島戦でのゴールです。

ゴール前でボールを受けた荒木選手は、自分よりも一回り以上身体が大きいDFを背負いながら、一度ボールを動かすことで相手のポジションをずらし、浮き玉で空いたスペースにボールをゴールに流し込むスキルにはかなり驚きました。

普通なら後ろの選手に「どうぞシュートを打って下さい」という形でパスを出すと思います。

ただ荒木選手は相手選手を背負ってボールを持った時からシュートのイメージしかありません。

この状況でどうやったらシュートまで持ち込めるかを一瞬の間で思考し生まれたプレーだったんじゃないかなと思います。

現代のサッカー選手に一番求められる、思考力の高さという部分も垣間見れた瞬間でしたね!
あの落ち着きとセンスは普通の選手にはできない、荒木選手だからこそできるプレーだなと感じました!

 

荒木遼太郎選手のちょこっと情報

荒木選手のトレードマークといえば、おしゃれな髪型です。

女性ファンのみならず、男性ファンも真似したくなるほどおしゃれな髪型ですよね。

度々ネットニュースになってしまうほど、世間は荒木選手の髪型に注目しています。

そんな荒木選手は、「i CON TOKYO」という東京都渋谷区にある美容室で髪の毛をカットしているのではないかと思います。

i CON TOKYO代表のRikuさんが「荒木選手担当美容師」というテキストでインスタグラムを更新されているので、間違い無いのではないかと思います。

実際にRikuさんカットしてもらうとなると指名したり、事前に予約する必要があるのかもしれませんが、荒木選手のような髪色や髪型にしたい方は、ぜひ一度i CON TOKYOへ行かれてはどうでしょうか。

 

まとめ

  • 荒木選手の彼女は、モデルやインフルエンサーとして活動されているねおさんと言われている。
  • 荒木選手とねおさんは同い年であり、同じ九州出身。
  • 荒木選手の高校は東福岡であり、3年生の時には部員約300人の大所帯をまとめるキャプテンを務めていた。
  • 2020年に鹿島アントラーズに移籍し、2021年シーズンにはJリーグの「ベストヤングプレーヤー賞」を受賞する。
  • 2022年からは背番号を10番に変更するが、負傷などが影響し出場試合数が激減する。
  • 2024年にFC東京へ期限付き移籍。7ゴール4アシストという記録を残し、チーム内得点王&アシスト王になる。
  • 背番号の71番は元鹿島の同僚の中村亮太朗選手に影響され、71番をつけている。
  • 荒木選手がカットしている美容室は、「i CON TOKYO」のような情報がある。

プロ入り後は順調な滑り出しから苦悩も味わいながらも、自分らしさを失わずに輝きを見せている荒木選手。

年齢は23歳なのでまだまだ成長途上、いずれは海外移籍を果たして日本代表を象徴する選手へと成長していってくれると信じています。

 

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  • この記事を書いた人

なめこ

年間100試合以上のJリーグをJ1・J2・J3問わず観ています。気になった対戦カードは配信で視聴し、タイミングが合えば社会人リーグや海外サッカーもチェックしています。地元の京都を愛し、京都サンガF.C.のサポーター歴22年。広い視野で日本サッカーを応援しています。

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