FC町田ゼルビア

藤尾翔太のプレースタイルと経歴|高校時代や同級生も紹介!

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J1のFC町田ゼルビアに所属する藤尾翔太選手

セレッソ大阪U-18からセレッソ大阪のトップチームに昇格し、プロキャリアをスタートさせました。

PKを蹴る前にボールに水をかける”水かけPK”でたびたびSNSで話題になる事がありますね。

そんな藤尾選手のプレースタイルや経歴、あの芸能人とも同級生だった高校時代に迫ります。

 

藤尾翔太選手のプレースタイル

藤尾選手は184cmの大きな体格を活かしたポストプレーや強烈なヘディングに特徴のあるフォワードです。

また、両足遜色なくボールを蹴る事ができるので、逆足でも強烈なシュートを放つことができます。

個人的に藤尾選手はゴール前でのポジショニングが上手だなと思っています。

味方選手のシュートのこぼれ球を押し込んだり、クロスからのゴールを量産しているので、ポジショニングの良さがゴールにつながっていることがうかがえますね。

町田ではオーストラリア代表としてW杯にも出場したミッチェル・デューク選手や、韓国代表のオ・セフン選手など大柄でポストプレーに定評のある選手たちと、ポジション争いをしています。

体格やポストプレーという面でいうと、少し藤尾選手は引けを取るのかなと思いますが、チームメイトである望月ヘンリー海輝選手は藤尾選手について「身体の使い方が上手く、デュークやセフンとは違った良さがある」語っています。

藤尾選手はターゲットマンだけでなく、前線での身体の使い方やスルーパスなどに走り込んでボールを受けることも得意としています。

ゴール前で無理な体勢からでも、ディフェンダーを背負い、上手くボールをコントロールして強烈なシュートを放つことができます。

実際に現地で藤尾選手のプレーを見た時に、自分よりも一回り大きいディフェンダーを背負いながらシュートまで持っていくプレーは目を見張るものがありましたね。

そこには、ただ単にフィジカルが強いだけでなく、身体の使い方の上手さという部分からもきているのではないかと思います。

「足元の技術」という面でもミッチェル・デューク選手やオ・セフン選手と比べても優れているので、身体の使い方も活かした狭いスペースでの味方との連携面は2人にはない特徴です。

 

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また、藤尾選手のミッチェル・デューク選手、オ・セフン選手にはない一番の強みは「前線からの守備」であると言えます。

現代サッカーにおいて、フォーワードの選手が前線から守備をすることはスタンダードになってきていますが、意識的に高いレベルで守備をしてくれるフォワードはまだまだ限られている印象です。

藤尾選手は守備の部分も献身的にやってくれるので、周りの味方選手の守備にかかる負担がかなり軽減されますよね。

「前から守備をハメることができればチャンスにつながるし、後ろの選手も助かる。」と自身も語っているので、前線からの守備の裏返しはチームのチャンスになると、藤尾選手は考えています。

相手のディフェンスラインでボールを奪うことができれば、ゴールに直結するようなプレーになるので、前線から守備をすることは攻守両面でプラスに働きますよね。

藤尾選手のような、守備の意識が高い選手の存在は、これからの日本サッカーにおいても欠かせない存在になっていくのではと感じました!

 

藤尾翔太選手の経歴は?

小学校 リップエースSC
中学校 リップエースSCジュニアユース
高校 セレッソ大阪U-18

藤尾選手は父親と兄の影響で小学校3年生の時にサッカーを始めます。

サッカーを始めるきっかけとなった父親や兄の存在についてもご紹介しています。

中学校はリップエースSCジュニアユースに昇格し、高校からセレッソ大阪U-18に所属します。

順調にサッカー人生を始めた小学校、中学校時代から、初めて挫折を味わった高校時代にもフォーカスして情報をまとめました。

年度(リーグ) 所属チーム 出場試合数 ゴール数
2020年(J3) セレッソ大阪U23 26 8
2020年(J1) セレッソ大阪 4 1
2021年(J1) セレッソ大阪 1 0
2021年(J2) 水戸ホーリーホック 22 8
2022年(J2) 徳島ヴォルティス 30 10
2023年(J2) FC町田ゼルビア 33 8
2024年(J1) FC町田ゼルビア 31 9
2025年(J1) FC町田ゼルビア 35 3

2020年にはセレッソ大阪のトップチームへの昇格が発表され、セレッソ大阪U23を主戦場に得点を量産します。

セレッソ大阪U23での活躍が評価され、第14節の浦和レッズ戦でJ1リーグに初出場し、なんと初ゴールを記録しました。

その後、セレッソ大阪のトップチームでの活動がメインとなりますが、フォワード陣の選手層が厚くなかなか出場機会が巡ってきませんでした。

結果として、トップチーム昇格後は5試合で1ゴールのみと、育ててくれたクラブで良い結果を残すことができなかったのは、藤尾選手としてもとても悔しかったのではないでしょうか。

そのような状況の中で転機となった水戸ホーリーホックのへの移籍、さらなる成長を求め決断した徳島ヴォルティスへの移籍、藤尾選手覚醒のきっかけとなったFC町田ゼルビアへの移籍などについてもご紹介します。

 

小学校

 

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藤尾選手はリップエースSCジュニアでサッカー人生をスタートさせます。

父親は阪南大高でのキャプテン、兄は立正大淞南で選手権の全国大会にも出場した経験があります。

そんなサッカー一家のもと、小学校3年生時にリップエースSCジュニアに所属することになります。

リップエースSCは全国的にも強豪の街クラブとして知られており、多数のJリーガーを輩出していることでも有名です。

樺山 諒乃介 中島 大嘉 林 尚輝 土肥 航大
嫁阪 翔太 米澤 令衣 松原 颯汰 小川 大空

「ゴールを決めるのが好きだった」と語る藤尾選手は入団当初からフォワードを任されていました。

ゴールを決める楽しさを知り、最前線で誰よりもネットを揺らして瞬く間に頭角を表した一方で、当時のプレースタイルは現在のような身体の強さを生かしたモノではない。今以上にゴールを奪うプレーに特化していたという。

引用:サッカーダイジェスト

小学生の時からゴールに対する嗅覚や貪欲さはあったのかもしれませんね。

小学生くらいの年代だと、1人でドリブルしてゴールを決めてしまうような選手は一目を置かれますし、当時から藤尾選手はリップエースSCジュニアの中でも飛び抜けた才能を発揮されていたのではないでしょうか。

当時からすでに将来プロサッカー選手になるような輝きがあったのではないかと思います!

 

中学校

 

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藤尾選手はリップエースSCジュニアユースに昇格します。

中学校時代もフォワードとして非凡な才能を発揮しており、ゴールを取れない期間はなかったと語るほど常にゴールを決め続けていたようです。

「本能のままに動く。みんながボールを僕に集めてくれたし、実際に自分が一番ゴールを奪っていた。周りが僕の特徴を理解してくれていた環境だったので」

引用:サッカーダイジェスト

このコメントから味方からとても信頼られていたことがわかりますね。

中学校時代から藤尾選手は177cmの身長がありました。

中学生としてはかなり背が高かったと思うので、ボールを持ってドリブルすれば、体の強さだけで簡単にゴールへ近づける感覚があったのではないでしょうか。

藤尾選手が全国的に注目され始めたのが2016年の日本クラブユースサッカー選手権大会でした。

リップエースSCジュニアユースとしては初めての大会初出場でしたが、街クラブとしてベスト8進出を果たしました。

チームはベスト8で敗退しましたが、藤尾選手は大会優秀選手賞に選ばれる活躍を見せました。

こちらの文章だけでも、藤尾選手のレベルが全国的にも通用することが証明された大会だったことがわかりますね。

街クラブでありながらベスト8に進出するだけでもすごいことですが、その中で大会優秀選手賞まで獲得するのは本当にすごいことだと思います。

 

当時のチームメイトには、樺山諒乃介土肥航大など、いずれJリーガーとなる選手に囲まれた中で評価されたという事は、藤尾選手が持つスキルや技術の高さが際立っていた証拠だと思います。

まさに藤尾選手の名前が全国的に広まるきっかけとなった大会であったと言えるでしょう。

 

高校時代

高校時代はセレッソ大阪U-18に所属します。

中学校3年生の時のリーグ戦で得点を取りまくっていたことで、セレッソ大阪のスカウトの目に留まりそのまま入団することになります。

Jクラブの下部組織などは、通常セレクションなどを経て入団するイメージがありますが、藤尾選手の中学時代は無双状態だったと想像できるので、スカウトという形でそのまま入団ということになったのでしょうか。

それだけプロのスカウトから見ても藤尾選手は群を抜いた存在感があり、ポテンシャルの高さなどから見ても他の選手とは一線を画していた存在だったのではないかと思います。

セレッソ大阪以外にも多数のオファーが届いていた藤尾選手。

プロサッカー選手になるために最短距離を走りたい」との理由からJクラブの下部組織にオファーを絞り、その中でも練習環境が一番整っていたセレッソ大阪U-18に入団を決めました。

ここで藤尾選手は大きな壁にぶち当たります。

藤尾選手はスカウトで入団したとはいえ、他の選手もスカウトや厳しいセレクションを勝ち抜いて入団した、いわばエリート選手が多く入団しています。

その中で、これまでの中学生の頃のようにゴールを量産できず、結果に伸び悩む場面もあったのではないでしょうか。

そこの経験から、プロになるためには何が必要かを考え、真剣にサッカーと向き合うべく私生活からの改善をスタートさせます。

筋肉をつけるためにタンパク質を多く摂取する
添加物の摂取に慎重になる
お菓子・カップ麺・ファーストフードは一切食べない
コンビニ弁当やおにぎりも控える

藤尾選手は高校から寮に入って生活することになりますが、特に食事面を意識して生活するようになりました。

お菓子・カップ麺・ファーストフードを食べないことはわかりますが、今のご時世で添加物を取らない方が難しくなっている中で、添加物に対しても躊躇してしまうのはすごいストイックですね。

また、これが大人ではなく、高校生という一番お菓子やジャンクフードを食べたくなる年代の時から継続しているのはめちゃくちゃすごいと思います。

このような徹底した自己管理がプロサッカー選手になるという覚悟の表れであって、サッカーに対する藤尾選手の真剣さがにじみ出ていますね。

こうした地道な努力の結果、屈強なDFにも当たり負けしない屈強な身体作りに成功し、その甲斐もあり高校2年生の時にセレッソ大阪U-23の試合に出場することとなります。

「フィジカルの違いやプロのスピード感をいち早く味わえたのは良かった」

引用:サッカーダイジェスト

プロとの試合を経験できたことは藤尾選手の成長にとってとても重要な経験だったと語っていますが、それ以上にプロとの試合に出場できる実力を、高校2年生の時にすでに持っていたということになりますね。

ストイックな食生活と、結果が出ない中でも続けてきた努力やその積み重ねが、高校2年生でプロの舞台に踏み出す結果につながったのではないでしょうか!

 

2020年〜2021年:セレッソ大阪

 

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2020年、セレッソ大阪のトップチームに昇格します。

1年目はセレッソ大阪U23をメインにJ3リーグに出場し、26試合8ゴールを記録します。

J3リーグとはいえ、プロの世界で数字として結果を残すことに成功します。

その結果、セレッソ大阪U23での活躍が当時のセレッソ大阪監督のロティーナの目にとまり、第14節の浦和レッズ戦でJ1リーグに初出場しました。

出場した時間はわずか4分間だったにも関わらず1ゴールを記録し、J1リーグ初出場初ゴールとなりました。

「ベンチ入ったときからゴールのイメージをしていて、少ないチャンスでも絶対に(チャンスが)くると思っていた。少ない時間で結果という形でアピールできてうれしかった」

引用:スポーツナビ

浦和GKの西川選手とDFの岩武選手の連携ミスから藤尾選手がボールを奪い、無人のゴールにボールを流し込みました。

ボールがゴールに入る前からゴールを確信したかのようなセレブレーションが印象深く、めちゃくちゃかっこよかったですね。

限られた出場時間でも「絶対にチャンスが来る」と信じているあたりに、ストライカーとしての嗅覚と自信が際立っていました。

このゴールが評価され、高卒1年目はJ1リーグで4試合1ゴールの記録を残しました。

プロ2年目となった2021年シーズンは藤尾選手にとって飛躍を誓ったシーズンでもありました。

2年目はとにかく結果を残さないといけないと感じていたんです

引用:スポーツダイジェスト

しかし、2021年シーズンは藤尾選手のプレー環境がガラリと変わることになります。

1年目の主戦場であったセレッソ大阪U23が活動を休止し、トップチームでの活動となりますが、当時のセレッソ大阪には大久保嘉人さんや助っ人外国人など強力なフォワード陣が揃っていました。

その中で藤尾選手の序列が下り、リーグ戦の出場機会が大幅に減少してしまいました。

藤尾選手にとっては苦しく悔しさが残る状況だったと思いますが、それだけプロの壁の高さを身に染みて感じることのできた時期でもあったのではないでしょうか。

この経験は結果的に藤尾選手とって「自分の武器をどう磨くか」「限られたチャンスをどう掴むか」を考える良いきっかけになったのではないかと思います。

 

2021年:水戸ホーリーホック

 

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2021年6月に水戸ホーリーホックへ育成型期限付き移籍をします。

この決断が藤尾選手にとっての転機となりました。

当時の水戸は秋葉忠宏監督が務めていました。

秋葉監督は選手にハードワークを求める一方で、藤尾選手に対してはフォワードとしてのボールの引き出し方ゴールまでのボールの運び方、主に戦術面で藤尾選手は秋葉監督から多くのことを学ぶことができたと語っています。

ゴールを取る以外に何が必要か、何をしたら味方の助けになるのかを考えてプレーするようになりました。

その結果「気が付いたら仲間のために戦う考えを持つようになっていました」と語っています。

そこから藤尾選手の持ち味である前線からの献身的な守備が生まれ、水戸での経験はフォワードとしての得点力を磨くだけでなく、守備という新たな特徴を身につけるきっかけにもなったことは間違いありません。

フォワードとしての得点力という部分は水戸でもその才能を発揮し、シーズン途中から加入にも関わらず22試合で8ゴールを記録しました。

プロ2年目の若手としてはとても立派な数字であり、藤尾選手にとってもプロとして大きな自信をつかんだシーズンとなりました!

 

2022年:徳島ヴォルティス

2022年1月、徳島ヴォルティスへの育成型期限付き移籍が発表されます。

セレッソ大阪への復帰も選択肢としてあったようですが、徳島ヴォルティスへの移籍を決めた理由は以下の通り語っています。

「水戸はガンガン前にいくサッカーだったけど、徳島はボールを保持してゴールに迫っていくスタイル。それまでの僕はボールを受ける回数が少なく、ボールに関わる回数が多くなかったので、(受ける)タイミングなどを学ぶ必要があると感じていた。徳島のようなスタイルは今まで経験していなかったので、徳島行きを決めたんです」

引用:サッカーダイジェスト

自身の現状の課題を理解した上でそれを克服するため、あえて新しい環境を選んだことが印象的ですね。

水戸時代は前線にソリッドなサッカースタイルでしたが、徳島のポゼッションスタイルを戦術とするチームです。

ポゼッションの中でより多くボールに関わり、水戸時代に秋葉監督から学んだボールを受けるタイミングや動き出しの質を磨こうとする意識は、成藤尾選手の成長意欲の高さを物語っています。

シーズン前半は戦術を理解するに時間がかかりましたが、後半に差し掛かるにつれて徐々にフィットしていきます。

結果的には30試合で10ゴールを記録し、チームの主力として活躍しました。

新しいチームスタイルの中で10ゴールという二桁得点を記録したのは、単なるストライカーとしての得点力の向上だけでなく、戦術理解度の面での成長も伴っての成果だと思います。

サッカー選手として戦術理解度は特に必要になる部分ですが、まさに「戦術に適応しながら結果を出す」という理想的なシーズンとなったのだと思います!

 

2023年:セレッソ大阪→FC町田ゼルビア

 

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2022年12月に2023年シーズンからセレッソ大阪への復帰が発表されました。

他のクラブへの移籍という選択肢もありましたが、セレッソ大阪から復帰の声がかかり、藤尾選手は復帰を決断しました。

しかし、シーズン開幕後3試合連続でメンバーに入ることができず、2023年3月にFC町田ゼルビアへ育成型期限付き移籍することになりました。

フォワードで勝負しようと思っていたけど、僕の実力不足で試合に絡めなかったんです。自分の中でこれではあかんと思い、できるだけ早めに決断しようと思ったんです。

引用:サッカーダイジェスト

セレッソ大阪に復帰したにも関わらずシーズン開幕直後に移籍を決断しました。

藤尾選手としてはもう少しセレッソ大阪で勝負しても良いのではという気持ちもあったようですが、1年後にパリオリンピックも控えていたこともあり、ずっと練習しているよりも試合に出た方が自分の成長につながると考えての移籍だったようですね。

当時の町田は、元青森山田高校監督の黒田監督が務めていました。

強度の高い守備とハードワークを求める黒田監督のサッカーは、藤尾選手にとって成長する大きなチャンスだったことは間違いないと思います。

水戸時代に前線からハードワークするという武器を身につけましたが「その時のサッカーとはモノが違う」と藤尾選手は語っています。

より強度とハードワークを求められる環境に加入当初はスタイルに順応することに時間がかかりましたが、徐々に出場時間を伸ばしていき、シーズン通して33試合8ゴールという記録を残しました。

藤尾選手にとってこのシーズンの町田での経験は、すでに持っていた前線からの守備という武器をさらに磨くことのできる経験になったと言えるのではないでしょうか。

水戸時代で培った献身性をベースに、黒田監督の求めるより高い強度や運動量に適応するのは簡単ではなかったと思いますが、しっかり順応して結果を残した点はとても素晴らしいことだと思います。

3シーズン連続で別のチームでの活動となった藤尾選手ですが、スタイルもサッカーも違うチームでも確実に順応し、結果を残すことができる「順応力」こそが、藤尾選手1番の武器なのではないかと思いました。

 

2024年〜:FC町田ゼルビア

 

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2024年1月、FC町田ゼルビアへの完全移籍が発表されました。

この時もセレッソ大阪に復帰するか町田に完全移籍をするかの選択肢があったようですが、町田に残った方が数字の面で結果を残すことができると判断し、町田への完全移籍を決めました。

パリオリンピックが近づく中で、メンバー入りするためには目に見える結果が必要だったこともあり、その点を考えて町田への完全移籍を決めたのかもしれませんね。

結果的に藤尾選手はパリオリンピックのメンバーに選ばれ、町田への移籍は良い方向に働いたと言えるのではないでしょうか。

シーズンを通しても31試合で9ゴールを記録し、J1リーグにおいてはキャリアハイの数字を残し、町田のエースストライカーとして活躍しました。

藤尾選手にとって町田への完全移籍の判断が見事に実を結んだシーズンになりましたね!

数字と結果の両面でしっかりと存在感を示しており、特にパリオリンピックのメンバー入りとキャリアハイの成績を残した点は藤尾選手にとって自信の付く結果であり、次のステージへのステップアップのきっかけになるのではないかと思います。

2025シーズンも町田でのプレーを続けます。

リーグ戦こそ3得点にとどまりますが、天皇杯では大会得点王に輝き、町田の初優勝に大きく貢献しました。

天皇杯の決勝では2ゴールを記録しましたが、特に2点目は圧巻でしたよね。

パスを受けてからワンタッチもせずにダイレクトでシュートし、ゴールの右上に突き刺しました。

非常にレベルの高い、まさに決勝にふさわしいゴールでした。

 

藤尾翔太選手の高校は?

藤尾選手は大阪学芸高校に進学します。

大阪学芸高校には「特技コース」というコースがあり、学業と特技となるスポーツを両立できるコースがあります。

藤尾選手「特技コース」に所属されていたのではないでしょうか。

「プロサッカー選手になるために最短距離を走りたい」と語っていた藤尾選手にとって「特技コース」は最適なコースであったのではないかと思います。

パリオリンピックにも出場したブレイクダンサーの半井重幸さん(愛称:シゲキックス)も大阪学芸高校の出身で、世界で活躍するアスリートを輩出してきたという点でも、大阪学芸高校の「特技コース」は確かな実績を持っていると言えるのではないかと思います。

藤尾選手と半井さんは同じクラスでとても仲がよかったみたいですよ。

「お互い、オリンピックに出場しているのは知っていると思う。今あったら、濃い話が出来ると思う」

引用:日刊スポーツ

高校時代の友達が、お互いオリンピックに出場するのはすごい話ですよね。

当時は全然想像していなかったと思いますが、仲の良い友達がサッカーとダンスという全くの別々の競技でお互いがオリンピックの出場につながっているのは、本当に夢のある話です。

藤尾選手が半井さんにダンスを習ったそうですが「難しすぎてできなかった。ものが違いました」と語っており、そりゃそうだよなぁと思いました。笑

また、藤尾選手はタレントのゆうちゃみさんとも同じクラスの同級生だったそうで、ゆうちゃみさんが藤尾選手・半井さんとは「同じクラスのいつメン」と発言するほど3人は仲が良かったみたいですよ。

同じクラスにプロサッカー選手、オリンピアンのダンサー、人気タレントが揃っていて、そんな豪華なメンバーが「いつメン」だったとはまさに奇跡のような同級生グループですね!

 

藤尾翔太選手のゴルフの腕前はプロレベル!?

 

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藤尾選手はオフの日は趣味であるゴルフを楽しんでいるみたいですよ。

ベストスコアは83で、これはアマチュアレベルで見るとかなり上位のレベルです。

プロゴルファーの平均スコアは72前後とのことなので、藤尾選手が本気でゴルフの練習をするとプロゴルファーになれてしまうんじゃないか思うほどすごいスコアですね。

100切り 初心者から中級者への壁
90切り 中級者として安定してきたレベル
80台前半 上級者の入口

ゴルフを始めて5ヶ月でスコア90台に乗ったとのエピソードもあり、かなりのセンスの持ち主であることがわかります。

「きっかけはわからないですけど、うまくなりない、どうせ行くんやったらうまくなった方がおもろいなって思っていたので、そこからちょっと練習してうまくなってきはじめたぐらいです」

引用:FOOTBALL ZONE

ちょっとだけ練習してここまで上手くなるものなのでしょうか。笑

ただゴルフを趣味として楽しむだけではなく、短期間で上達するために自然と練習に打ち込めるあたり、何事にも本気で取り組む性格が伝わってきますね。

藤尾選手のようなタイプの人は、新しいことを始めてもすぐにトップレベルに近づけるんだろうなぁと感じます。

 

まとめ

  • セレッソ大阪U-18からセレッソ大阪のトップチームに昇格。
  • 複数のクラブを歩き、各クラブで結果を残している。
  • 町田での活躍が評価され、パリオリンピックのメンバーに選出。
  • 小学校・中学校はリップエースSCに所属していた。
  • 184cmの大きな体格を活かしたポストプレーや強烈なヘディング、守備の献身性や身体の使い方に特徴のある選手。
  • 食事面にストイックで、お菓子・カップ麺・ファーストフードなどは一切食べない。
  • 高校時代は、ブレイクダンサーの半井重幸さんとタレントのゆうちゃみさんと同じクラス。
  • 趣味はゴルフで、ベストスコアは83。

184cmという体格と守備の献身性、得点嗅覚に優れたストライカーというのは日本においては少ない存在だと思います。

まだまだ若くポテンシャルを秘めている選手だと思うので、今後の活躍が楽しみですね。

 

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  • この記事を書いた人

なめこ

年間100試合以上のJリーグをJ1・J2・J3問わず観ています。気になった対戦カードは配信で視聴し、タイミングが合えば社会人リーグや海外サッカーもチェックしています。地元の京都を愛し、京都サンガF.C.のサポーター歴22年。広い視野で日本サッカーを応援しています。

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